徳島県阿波市周辺の石仏

 

1.切幡寺 阿波市市場町切幡観音 

 

 切幡寺は四国八十八所巡礼の10番札所で、切幡山の中腹にあるため歩き遍路の場合は333段の階段を登らなければならない。山門手前左に大きな覆屋が設えられ大きい四基の石仏が並んでいる。手前から舟型の弘法大師旅姿立像、弘法大師の坐像、地蔵、右端が宝塔を持つ弥勒菩薩である。手前に手水鉢が置かれお詣りできる。その奥の山際には三十三観音が並んでいる。境内には庚申塔や阿弥陀、入口には遍路道しるべなどたくさんの石仏がある。

 


 

2.藤井寺 吉野川市鴨島町飯尾 

 

 切幡寺の次の遍路になる11番札所である。寺の名前は、仁王門の右手に藤棚があり、季節には五色の藤が咲き誇ることから付けられた。ミニ八十八所霊場巡りが出来る入り口が本堂の左にある。写真は本堂前の左右に並ぶ門柱のようなもので、表裏面に四十四体の仏像が彫られており、一対でちょうど八十八体となる。大正七年閏三月廿一日(1918)の銘がある。

 


 

3.春日神社 阿波市阿波町下喜楽 

 

 笠付角柱の正面に大きな顔で髪を逆立てる青面金剛が浮彫されており四臂、三猿、二鶏である。江戸中期の明和三年亥二月十四日(1766)の紀年銘がある。ここには自然石に近い板碑があり鎌倉後期の元応二年八月四日(1320)銘は県下でも10指に入る古い板碑である。もうひとつ自然石で「舩戸明神」と書かれた石碑があるが、この舩戸は久那土のことで道祖神である。

 


 

4.実相寺 阿波市市場町上来 

 

 お寺の境内に入る登り道の右側に自然石の庚申塔が並んでいる。青面金剛の像が13基、文字が6基、猿田彦の像が2基、文字が41基全部で62基だが地元の資料では61庚申と書かれている。しまい(終)庚申信仰の風習があるのかもしれない。どれも自然石が黒くなって像容がはっきりしない。しかし寺下の道路近くに新しくコンクリートで広場を作り像容の良い庚申塔が並んでいるので見落とさないように。写真は典型的な阿波の庚申塔で天和三癸亥年十月十二日(1683)銘、保存状態も良く見応えがある。

 

 

 


 

5.十善会堂(小倉の六十一庚申)阿波市阿波町十善地 

 

 入口に「61庚申塚」と書かれた説明板がある。それによると明暦二年(1656)阿波藩指示により庚申信仰が高まり、大部分が元禄・宝永・正徳に建立され中心の庚申塔は元禄七年(1674)講中で建立とある。写真の青面金剛は二猿が握手していて面白い。なお阿波の青面金剛の特徴は蛇をまとうものが少ない。邪鬼を踏みつけるものが少ない。持物が変わっているなどであろう。

 


 

6.西原集会所南小堂 阿波市阿波町西原 

 

 西原集会所から部落の南へ田畑の先、吉野川堤防近くにある。この舟型の庚申塔は高さ43センチの小さな塔で、中央の猿が足を投げ出して両手で雌雄の鶏を捧げ持つ珍しい構図になっている。上部に「献」の文字と下部に「申年女」とあり、申歳の女性の奉納であろう。

 


 

7.齋神社 吉野川市石井町上浦398 

 

 石造の随身像があるというので行ってみた。小さな神社の鳥居の左右に随身があったが、着物を纏っており脱いでいただいた。随身とは中世の貴人が外出する時、護衛として従った近衛の舎人のことで、神社境内入口の門に随身像の神像を置いた。衣冠束帯で老神像と壮年像が対になっている。写真は老神像である。なおこの境内に平成18年建立の亀趺に乗る五角柱の地神塔があった。

 


 

8.興禅寺 徳島市国府町西矢野 

 

 徳島県は板碑が多いところであるがこれは、鎌倉時代に関東から来た阿波の守護が伝えたもので、ちょうど地元にある青石で造立したという。この六地蔵板碑は上下二段に六地蔵を配している。シンプルな陰刻は素朴である。天正十二年十二月吉日(1584)銘で「宮谷逆修時請衆弥七他二十四名」とある。