富山県立山町芦峅寺周辺の石仏

1.芦峅寺駅南西路傍

 富山駅から富山地方鉄道立山線に乗り芦峅寺駅で下車。駅前を南に行くとすぐ突き当たるので、そこを右折し線路を越えて少し行くと道路沿い右側に自然石に大きく不動明王の石塔と文字の道祖神がある。その先に祠があり舟型の四基の石仏が並びたすきをかけられている。右から虚空蔵菩薩、三面馬頭観音、不動明王、秘鍵大師である。空間がなく並んでいて銘文が読みにくいが虚空蔵に「文化十二亥年十月二十日(1815)とある。お堂の中にあるせいか保存状態が良い。その先にもコンクリート製の小屋に如意輪観音が祀られている。その先に雄山神社前立社壇がある。

 


2.観音堂 立山町芦峅寺87

 

 雄山神社に行くと本堂の中に町指定文化財の玉泉院狛犬一対がある。加賀藩二代藩主前田利長夫人の永姫が未亡人になってから寄進したといわれ、玉泉院は永姫のことであり、江戸初期の貴重な狛犬といえる。そのあと南に歩き芦峅寺82番地、当たりの個人宅塀に組み込まれるように笠付龕内仏の文殊菩薩坐像がある。そこから北東方向に行くと宮路仏事会館があり、その前に観音堂がる。戸を開けると丸彫の地蔵坐像を中心として5段に百体の観音が整然と並んでいる。享和元(1801)に衆徒の四僧が願主で寄進されたもの。

 


・3.導引地蔵 立山町芦峅寺12

 百体観音を東に行き富山地方鉄道の線路を渡ると丸彫りの大きな地蔵坐像が目に入る。高さが約3mの延命地蔵で衆徒坊家出身の吉祥院住職観龍が亡き両親の供養のために建立したもの。馬瀬口村の名工中川甚右衛門ほか常願寺川石工が共同で製作した。立山へ行く人を見守っている。

 芦峅寺は常願寺川中流右岸の海岸段丘上にあり、立山を開山した慈興上人が眠る中宮寺を中心とした宗教村落で、江戸時代は門前に33の宿坊があったそうです。芦峅寺の衆徒は立山信仰の全国的な布教活動を行い、布橋灌頂会会といった独自の宗教行事を行った。

 


 

4.庚申塚 立山町芦峅寺55 

 

 立山博物館の手前に立山芦峅小学校があり、その隣が庚申塚。小山を少し平らにしたところへコの字に石仏が並んでいる。旧立山道の石仏を集めたそうです。中央に大きな青面金剛立像は宝永三年(1706)で立山町では2番目に古い庚申塔。かつて立山信仰が盛んだった頃、村人や登拝者に禍を与える悪霊の侵入を防ぎ、無病息災や長寿を願って建立された。石仏群が町指定され他にも六地蔵などがある。

 

 

 


 

5.立山博物館周辺 立山町芦峅寺93

 

 立山博物館の入口駐車場の一角に自然石が置かれています。見ると前に説明板があり「此所 三づ川 是よりしでの山」、「この石標は、江戸時代後期に常願寺川の川石に刻まれたいわゆる冥途案内の道標です。かつて立山道の旧道沿い、現在の立山芦峅小学校裏の川沿いにありました。立山曼荼羅にも描かれているものです。」とあります。道を先へ行くと左に地蔵と観音立像が並んでいます。昔は何かお堂があったようです。そしてこの先の左に閻魔堂があります。

 


 

6.中宮寺・閻魔堂 立山町芦峅寺 

 

 閻魔堂には閻魔や姥神など当時の宗教的世界観を偲ばせる仏像(木像)が安置され、県指定文化財になっています。石仏は閻魔堂周辺や布橋に至る明念坂に並んでいます。苔が覆って紀年銘は確認でませんが、天正年代の一石五輪塔、中世の地蔵などがあります。写真の六地蔵は明念坂のもので貞享二年(1685)の建立です。