高山市丹生川町の石仏

 

1.丹生川町法力・庚申堂 

 

 平湯温泉から高山市内中心部への459号線沿い東西32kmが丹生川町である。今回は高山市丹生川支所が発行する「里山こみち」石仏探訪問マップを送って頂いたのでそれを参考に廻った。丹生川町は石仏の宝庫といわれ470体が確認されベスト3は地蔵、馬頭観音、庚申塔となっている。立派なお堂の中に青面金剛と聖観音が安置されどちらも彩色の跡が残っている。青面金剛は六臂 二鶏 三猿で稚拙な彫りは地方色豊かであり、享保七歳仲秋(1722)銘だが汚れがなく綺麗に保存されていた。

 


 

2.正宗寺 高山市丹生川町北方1004 

 

 正宗寺は曹洞宗のお寺で「シャクヤクの花寺」ともいわれシャクヤクの咲くころは「花の山寺コンサート」が行われる。門前の小八竜川北岸の山沿いの道はシャクヤク街道といわれる。寺の裏の小高い所に大きな阿弥陀如来坐像を中心に石仏がたくさんある。写真は右手に剣、左手に宝珠を持つ妙見菩薩である。一般的に亀に乗るとあるが、「望月仏教大辞典」によれば「蛇走青龍に立つ」とあるが、この像はまさに亀に走る蛇が彫刻されている。

 


 

 妙見菩薩に並んで手前から地蔵、如意輪観音、不動明王、馬頭観音と横一線に並ぶ。如意輪観音に「寛政四壬歳二月吉日」(1792)の紀年銘があるが他は年代不明である。右側には西国三十三観音が三列に並んでおり

 

最後部の中央に善光寺三尊がある。どれも細長のお顔で細い眼を俯き加減にして控えめな印象が特徴。その中から三面馬頭観音坐像を選んだ。

 


 

3.丹生川町坊方の南、林中路傍 

 

 459号線にある「狭間前」バス停の南100mくらいに小さな小屋に聖観音が納まっており、ガイドマップでは81番とある。このあたりに車を駐車させ、さらに林の中を歩いていく。緩い登り坂を約1キロ15分で左の少し小高い所に丸彫の馬頭観音坐像が木の小屋にただ一基ある。お顔は白く化粧しており髪の毛は黒く塗られている。昔はこの道が主な街道だったのだろうか。馬頭観音らしくない優しい表情である。紀年銘は一部残っているが特定できない、

 


 

4.上組庚申堂 高山市丹生川町北方 

 

 「狭間前」バス停を北へ緩い坂を下り100m右に小さな木のお堂があり、ここが庚申堂で周辺にいくつか石仏がある。この双体道祖神もそのひとつで田園風景をバックにふさわしい佇まいである。若干摩滅が見られるが肩抱手握像は奥ゆかしくはにかんでいるような素振りである。文政元寅天九月吉日銘(1818)。庚申堂の中の青面金剛は法輪・宝剣、合掌、羂索と蛇を持つ六臂で、ここも少し彩色がされているようで、享保七年(1722)建立の石仏にしては苔もなく綺麗で多分、地元の方が洗っているのでしょう。

 

 

 


 

5.千光寺 高山市丹生川町下保1552 

 

 千光寺は円空仏で有名なお寺で円空仏が64体と寺に伝わる宝物を展示し見応えがある。江戸中期の寛文から貞享年間に円空が飛騨地方を訪れたとある。正面の階段から上がった途中に三体の石仏があった。中央の大日如来を挟んで両側に地蔵が並んでいる。ほかには光明真言塔とスリランカから贈られた仏足石がある。

 

 

 


 

6.新張坂途中 高山市丹生川町新張2112付近 

 

 千光寺から高山市内に向かう458号線新張の登り坂途中に石仏群があったので寄り道をする。高山市に向かって右側の石垣の上に十数基の石仏が並んでいる。左端は角柱の薬師如来で、次に写真の像があり、その右には青面金剛庚申塔がある。写真は舟型の立像で左手に弓、右手は矢であろうか、を持つ像。「弘化三年十月」(1846)銘で下部に施主名がある。神像と思われるが尊名がはっきりしない。ここには他に弘法大師、六地蔵、馬頭観音などがある。