大分県国東半島の石仏(1)

 

1.報恩寺 国東市武蔵町麻田643 

 

  県道55号線を少し西へ入った武蔵川沿いにある。六郷満山の末寺のひとつ。本尊は観音、勢至の脇侍がある県指定文化財の阿弥陀如来。本堂前の左に高さ5mの石造六角仏塔は国東でも珍しい。関東大震災の被災者の供養を兼ねて大正13年に建立された。四国八十八ケ所を遥拝できるよう八十八体の弘法大師像が刻まれている。

 

山門前に自然石をくり抜き地蔵が祀られ、墓地には小型の国東塔、板碑、五輪塔などがある。

 


 

2.泉福寺 国東市国東町横手1913  

 

 天台宗の多い国東半島で、初めて創建された曹洞宗の寺院。仏殿は横三間の入母屋造りで美しい茅葺屋根である。境内に石仏が多く、まず入口に役行者が出迎えてくれる。参道には石祠に納まった三面馬頭観音と牛乗り大日如来が目を引く。そして階段途中に写真の庚申塔が三基並ぶ。どれも彫り窪めて浅浮彫した青面金剛像。四臂、二童子、二鶏、二猿すべて元禄七甲戌天(1694)銘。山門には仁王、仏殿前には狛犬、境内奥の林間に六地蔵石殿や二尊仏、三尊仏がある。

 

 

 


 

3.両子寺 国東市安岐町両子1548 

 

 六郷満山の中山本寺。山岳修行の根本道場にあたり、江戸期より総持寺として全山を統括。しかし明治の神仏分離、自然災害などで往時の姿は薄れたが、僅かながらも面目を保ち今日に至る。本尊、千手観音。この仁王は森厳な鬱蒼とした林をバックに天衣や裳の表現に優れ見事な均整美を保っている。旧田染石工の作といわれ市指定文化財である。年号は記されていないが寺では文化十一年(1814)と伝えられている。護摩堂横に青面金剛庚申塔、神社前にもう一対の仁王像、県指定の国東塔も立派である。

 


 

4.成仏寺 国東市国東町成仏1140 

 

  国東市の市街地から田深川に沿って650号線を山に向かって上ると右にある。当寺の修正鬼会は国指定無形文化財で養老年間に始まったと伝承されている。龍を奥の院の岩屋に閉じ込め成仏させたという伝説が残っている。本尊、不動明王。門前の石段下と石段上に二対の仁王が出迎えてくれる。本堂前に昭和二年に造立された子安大師があり、本堂横に写真の庚申塔二基が並ぶ。右の舟型は文化十二年(1816)、左は元禄十二年(1699)の建立で国東の雰囲気が出ている魅力的な庚申塔である。

 


 

5.文殊仙寺 国東市国東町大恩寺2432

 

  奇岩が峭立する文殊山の中腹にある。日本三大文殊のひとつで、役小角の伝承を持つ寺であるが養老二年仁聞菩薩創建の折、開かれたとも伝えられる。12年に一度、秘仏文殊菩薩の御開帳がある。駐車して参道すぐにこの牛乗り大日如来が納まった石祠がある。なんともユーモラスな像である。その先はどこも同じように仁王が待ち受け。境内には半島最大という市指定の宝篋印塔がある。高さ9mで7年の歳月をかけ天保四年(1833)に完成した。

 


 

6.岩戸寺 国東市国東町岩戸寺1232 

 

  六郷満山末本寺。室町後期の目録に「天ノ岩戸寺従十二坊岩戸寺三十仏、三番」とあり、かつて十二坊を有していたことが分る。現在、国東半島内の3ケ寺でしか行われなくなった「修正鬼会」の寺。入口には文明十年(1478)銘があり国東でも古い県指定の仁王がある。途中の参道には二尊仏。三尊仏が並び、大岩の上に国東塔が立っている。「如法経奉納石塔一基 弘安六年大歳癸未九月日」(1283)とあり弘安の役の直後の危機感、末法の世の不安から法華経を書写して奉納された供養塔である。また六地蔵石幢は六地蔵の他に閻魔、司命、司録も彫られている。

 


 

7.千燈寺 国東市国東町千燈558-1 

 

  六郷満山中山本寺。現千燈寺は伊美川上流の段丘上に位置。明治になって千燈寺跡の西の坊へ移転し当地を寺地とした。境内に立つ宝篋印塔は四面に種子を刻む塔身の下の龕部に大日如来が鎮座する。本堂内に石造の宝塔と太郎天童像がある。太郎天は背に羽をつけ、手に団扇を持つ一般の天狗像で太郎天岩屋の本尊。国東修験の守護神。行場岩屋に安置されていたが現在は本堂に安置。平安時代の天童と異なり天狗に近づいている。推定室町、市指定

 


 

8.千燈石仏 国東市国東町千燈 

 

 千燈寺から県道31号線を南へ行くと「千燈石仏」の案内板がある。小さなお堂の中にある.阿弥陀如来来迎板碑は幅160cm×高70cm 鎌倉末期から室町期のもので県指定。 一枚岩に来迎二十五菩薩を薄肉彫。向かって右下に合掌僧形人物像とそれに向かって下ってくる来迎阿弥陀。奏楽、舞踊の諸菩薩を彫る。脇侍に不動と多聞天を配する。六郷満山に浄土教信仰が浸透してきたことを示す貴重な資料とされている。