宮崎市の石仏

 

1.八坂神社 宮崎市古城町2839 

 

 市内中心部から県道336号線を西へ行き古城小学校の先500mほどの道路沿い右側にある。広場のようになっている北側に石仏が並んでいる。左に大きな顔で農夫型の田の神が目立つ。右手にメシゲ(しゃもじ)、左手にスリコギのような棒を持ち、シキを被っている。いかにも田圃から戻って来たような恰好が面白い。年代は不明である。小堂にも石仏があるが鍵が掛かっており穴から覗くと観音などが見受けられる。

 


 

 右奥に石仏が並んでいる。写真右の二基は青面金剛のようであるが、関東のように三猿や持物がはっきりしない。右端は二臂、右手で丸いものを捧げ、左手は握っているようで光背に「奉待庚申」の文字。隣の六臂は持物がはっきりせず、握っているようだ。踏みつけられた邪鬼はペチャンコになっている。左の笠付角柱は一石二尊仏で摩滅が進み像容もはっきりしない。

 


 

2.伊満福寺 宮崎市古城町門前6695 

 

 336号線を戻り北側内町の信号を右折、つぎの信号を左折150mで左に入口がある。真言宗智山派のお寺で境内が広く市の「緑の保全地域」に指定されている。門前にある六観音石幢一対は損傷が激しく見栄えが悪く残念だ。本堂前の石段下にこの仁王一対が構えている。腰下で繋いだ二石で出来た力強い表情の仁王である。境内には十三仏板碑、板碑型二尊仏三体、聖徳太子立像などたくさんの仏像がある。

 


 

3.護東寺跡 宮崎市薫る坂2-23-2 

 

 伊満福寺から南東、直線では700mくらいだが場所が分かり難い。道路から北へ階段を登るが、それよりも東側の古城町の駐車場近くに道標がある。入口に仁王がお迎えで、境内にあるこの青面金剛も少し変わっている。舟型立像の六臂で上左手は宝珠らしきものを持つ以外、他の手は物はなにも持たず握っている。三猿や邪鬼はなく装飾もない簡素である。他に薬師如来と釈迦如来がある。

 


 

4.内山寺 宮崎市清武町船引1592 

 

 南九州は田の神と仁王が多いところで、ここにも仁王がある。境内には地蔵が二基と写真の三面馬頭観音がある。三面馬頭は他に石室に入った一基もあり大正七年(1918)と大正三年(1914)の造立。他の場所でも三面馬頭観音に出合ったが、なぜか同じような像容で、これらも関東とは少し趣が異なっており、その土地特有に雰囲気がある。

 


 

5.仏堂園の群像仏 宮崎市田野町甲9730 

 

 国道269号線「新村」三叉路の信号を南西に行き変電所を過ぎて消防団田野分団車庫の角を入ると右にある。

 

鉄骨の柱を建てたトタン屋根の下に石垣を組んで少し高くしたコンクリートの平場に四国八十八ケ所石仏が四列に並べられている。市指定史跡で大部分が舟型、如来、菩薩、観音など石仏の種類は多様で、苔やカビは少なく見栄えは良いが、折損したものなどが含まれている。

 


 

6.黒坂観音 宮崎市清武町木原6329-1 

 

 県道27号線黒坂交差点に黒坂公民館があり、ここに駐車ができる。入口で仁王さんがお迎えしてくれる。すぐ右の五輪塔は地輪と水輪は別個のものだが県指定になっている。弘安八年(1285)の刻銘があり鎌倉期の五輪塔として貴重とのこと。元はここから東南1キロの勢田寺にあったが廃寺となったので明治期にここに移した。他に山内石塔群や庚申塔がある。

 


 

7.鵜戸神宮 日南市宮浦3232 

 

 宮崎市ではないがプラスαで掲載する。当神宮は崇神天皇の御代に創建されたという由緒のある神宮で観光で訪れる人が多く境内の説明は省略する。駐車場南西の小さな山の岩肌に磨崖仏が彫られている。これらは第47世の別当隆岳が在世中の明和元年(1764)と翌年に宮崎古城村生まれの仏師延寿院に彫刻させたものという。写真は閻魔と四天王であるが、少し離れたところに不動明王が彫られ日南市の重要文化財に指定されている。