鹿児島県東串良町・鹿屋市の石仏

 

1.池の原の田の神 東串良町池の原1957 

 

 町役場の裏の道を西に行くと川沿いに数基の石塔や石祠と並んでいる。メシゲとスリコギを持ち米俵二俵に乗り池の原の田圃を見守っているようだ。大隅地方の一部に豊作地の田の神像を盗んで持ち帰り祭ると豊作になるという伝承があるとのこと。この田の神は昭和30年頃に行方不明になったが三年後のある夜5千円の謝礼を付けてこっそり返されていた「出戻りさあ」だそうである。

 


 

2.川東永峯の田の神 東串良町 

 

 県道520号線沿い溜水郵便局南800m付近にあるが周りが林で見通しにくい。メシゲとスリコギを持ち大きなシキを頭巾のように被っており典型的な農夫像である。少し白い化粧が施されているようで顔たちが大きく柔和である。明治三十一年旧閏三月三日(1898)の銘があり、「東串良永峯中」と着物に書かれている。燈籠や水神の祠も並んでいる。

 


 

3.西大寺 東串良町川東3578 

 

 お寺の角で田圃を見守るように立っている。シキを肩まで垂らし、大きなメシゲとスリコギを持ち、全身がお化粧され、特に頬にも色がある。明治42年の建立である。また西大寺には弘法大師、不動明王、子育地蔵など丸彫の石仏が並んでいる。

 


 

4.専念寺 東串良町相原 相原郵便局北 

 

 門前の仁王は十世の住職が建てたもので廃仏毀釈の難を免れ町で最も古いそうである。また境内にある写真の地蔵は顔が優しく円満で、耳が大きく袈裟を着け錫杖と宝珠を持つ。元禄六年(1693)の建立だが少しの損傷もなく立派である。

 


 

5.下伊倉の田の神 東串良町新川西5552-3 

 

 田の神から北に100mの三差路に弥勒菩薩坐像と聖観音立像があるのでそれが目印にある。大隅型で僧侶型の田の神は八の字の口に細い眼で眠っているような顔立ち。長袖の着物を紐で結び前に長く垂らしている。シキも背後に長く垂らして被り、右手にメシゲ、左手に宝珠を持つ。帯紐に瓢箪と木の葉のようなものを前腹にぶら下げて二俵の上に立っている。複雑な形態の代表的な田の神といわれ文化二年(1805)の造立である。

 


 

6.野崎の田の神 肝付町野崎 (野崎郵便局 肝付町野崎562-1 の南東300m)

 

 二体の田の神が並んでおり、同じような像容である。シキを頭巾風に背に垂れるように被り、着流しで袴を着けず紐状の帯を前で結んで長い鍬の柄を立てている。シキの下に藁苞を背負って苞にはメシゲがさしてある。右は大隅型の特徴を持つものでは最も古く寛保三年(1742)の建立。左は明和八年(1771)である。

 


 

7.車田の田の神 鹿屋市吾平町上名 

 

 田圃の近くで田を見守っている田の神は少なくなり、道路整備などで林の中に置かれているケースが多いようだ。この田の神も少し中に入っており遠くからは探しにくい。渦巻模様のシキを被り、袖の長い上衣と裁付け袴を着けている。左手にメシゲ、右手にスリコギを持つ。傍らに山水を表現した石碑があり磨崖仏風の小仏らしき浮彫が添えられている。年代は不明。

 


 

8.上名苫野の田の神 鹿屋市吾平町上名下苫野3845-3 

 

 燈籠一基と水神一基とこの田の神二基が並んでいる。右側の田の神は片足を上げている旅僧型で左は車田の田の神と同じように頭に小石仏を彫り込んである。これらは同じ石工の作と言われている。