鹿児島市の石仏

 

1.清泉寺跡磨崖仏 鹿児島市下福元町6878 

 

 元は川辺郡宝福寺の末寺であり、本尊は阿弥陀磨崖仏で百済の日羅上人の作と伝えられる。清泉寺は廃仏毀釈で廃したが正保四年(1647)の島津大和守久彰の五輪塔や建長三年(1251)の磨崖文字、板碑が残されている。寺域はうっそうとした樹林に覆われ岩間から清水が湧き清泉の名に相応しい。鎌倉時代に彫られたと思われる磨崖仏が散在し一見の価値がある。

 


 

2.荒田八幡宮 鹿児島市下荒田2-7-21 

 

 和銅年間(708年頃)の桜島の噴火と同じ頃に創建したという。祭神は応神天皇、玉依姫尊、神功皇后の由緒ある神社。市電の停留所があり朱色の立派な社殿が目に付き市の保存樹林になっている境内は静寂である。

 

 社殿の左に神官風の田の神坐像がある。鬚を伸ばしメシゲと小鉢を持っている。坐った前にお釜のような物を置いている変わったスタイルである。また社殿の右に石造物が並んでおり石祠の上で竜がからむ竜神、恵比寿坐像、メシゲとスリコギを持つ田の神二体などもある。

 


 

3.山田の田の神 鹿児島市山田町2275-4 

 

 JAグリーン鹿児島山田支所の庭に笠付の二十三夜待供養塔と並んで、僧型立像の田の神がある。顔がくずれて表情は分らないが頭部に頭巾風のシキを被り、シキの網目が克明に分る。長袖の上着に長袴を着け、右手にメシゲ(飯杓)、左手に細い棒を持つ。この地区は田の神講がなかったので女人講が行った。寛保八歳霜月吉日(1723)の紀年銘と「女人講中」とある。

 


 

4.川上町の田の神 鹿児島市川上町826-4 

 

 川上小学校の西側の水田を眺められる畦道に建っている。田の神は稲の豊作を願って用水路や田圃の畦道に建て、田の神サアを囲んで宴を催す「田の神講」が盛んだった。県指定文化財で頭に笠状のシキを被り、右手にメシゲ、左手にスリコギを並べて立つ型の田の神舞を舞う神職の姿で全体に動きがあり、笑う顔が庶民的である。台石に「奉造立田神尊像一躰五穀成就祈願 寛保元年辛酉九月吉日」(1741)の銘文がある。

 

 

 


 

5.本名八幡神社 鹿児島市本名町河内3673 

 

 本名小学校の裏に参道の入口がある。文和四年(1355)創建で、その後、正一位八幡宮になった。仁王一対は江戸初期の作で背面に「奉寄進施主盛應上人 萬治弐年十月吉日」(1659)銘がある。持物や装飾がなく相撲取りのような上半身。周辺に寺前の五輪塔、宝塔群や学校の隅に一部欠損したいるが市指定文化財になっている天文十三年(1544)の庚申石幢がある。

 


 

6.花屋神社 鹿児島市本城町881 

 

 階段を登り切った境内入口に高さ2.2m、胸囲1.7mの威容を誇り、厳しい顔でにらみつけ、腕の筋肉隆々な仁王が立っている。市指定文化財で背面に「奉造立供養庚申待結衆敬白 庚申人数四十八人 延宝七年己未二月

 

十三日」(1676)と庚申仁王である。

 


 

7.西下集会所 鹿児島市西佐多町 

 

 ここにある鵜の木の田の神は田の神講が行われていた時は外にあったが、今は講もやらなくなって集会所に安置してある。あちこち探して見つからなかったので近くの家で尋ねたら丁度、集会所の鍵を管理する家で開けて頂き見ることが出来た。全身に化粧が施されメシゲと小鉢を持っている。「奉造立田之神敬白 享保二十一丙辰天正月吉祥日」(1736)の銘文がある。また近くの佐多浦分団西部消防班の敷地に観音、飯縄権現、水神がある。