福島県南部の石仏

 

1.観音山磨崖供養塔婆群 福島県泉崎村踏瀬観音山  

 

 東北高速道矢吹ICを出て4号を南下800mで右にあるセブンイレブン裏の高速道下にある。丘陵下を流れる二瀬川の浸食による溶結凝灰岩が約50m幅に露出。そこへ巾38m、高さ10mに岩を削り七段に320基の供養塔婆が造られている。県指定文化財で大部分は鎌倉時代独特の五輪塔や板碑であるが、浮彫の阿弥陀三尊来迎塔婆や陰刻の五輪塔なども少しある。種子板碑に弘安八年(1285)鎌倉後期の銘があり東北の中世美術にとって重要。

 


 

2.滝八幡三十三観音磨崖仏群 福島県矢吹町滝八幡112-1 

 

 三十三観音史跡公園になっており、駐車場もある。隈戸川岸の10m余りの断崖に37体の磨崖仏が刻まれている。町指定文化財で『白河風土記』の文化二年(1805)に記述があり、その頃に建立されたと考えられる。崖上から水が侵食し摩耗や剥落が進行している。案内板には薬師如来1、阿弥陀如来1、千手観音5などと尊名別に記されるが判別が難しい。7年前に見た時より劣化が激しいように感じる。

 


 

3.十九夜如意輪観音堂 福島県玉川村蒜生羽根尾53 

 

 玉川村役場の南300mに小さな観音堂があり、その周囲に約50基の石仏・石塔が並んでいる。入口には平成元年に造立した「念佛講員一同」16名の名前がある碑があり、名号塔や十九夜塔がたくさんある。青面金剛の庚申塔、奪衣婆、馬頭観音などもある。写真は上部に蓮の茎と花をあしらったユニークなデザインの如意輪観音を掲載。延享二乙丑天七月吉朔日(1745)の紀年銘。他には数珠を持つ地蔵立像で「十九夜念佛供養塔」と書かれた宝暦七年建立の石仏が珍しい。

 


 

4.長慶寺 福島県玉川村小高池入 

 

 如意輪観音堂の東300mくらいにある。来迎阿弥陀三尊板碑は上部の阿弥陀如来が坐像で浅浮彫。下部の観音と勢至菩薩は線刻で表面に白いカビが出てはっきりとは見えない。構図としては珍しく、鎌倉期のものと推定されている。境内には丸彫の阿弥陀如来坐像、キリシタン燈籠があり、門前には馬頭観音、如意輪観音、六地蔵石幢などが雑然と置かれていた。近いうちに参道を修理して並べ直すとのお話しだった。

 


 

5.東福寺 福島県玉川村南須釜久保宿70 

 

 参道に六地蔵のうちなぜか三体があり、境内すぐに奪衣婆、地蔵などがある。向かって左に石仏が沢山ある。その中で国指定と書かれた舎利塔を選ぶ。高さ180cmの方形石龕で扉を開けると中に大日如来の石像がある。大日如来が座す中央に穴があり舎利を納めたと認められる。大日如来の背面に「元久二年乙丑(1205)開山宥元代」の刻銘があるという。また宝塔の周囲には四十九院が刻まれたている貴重な宝塔である。他にも子安観音、青面金剛、聖徳太子などがある。

 


 

6.草地下路傍 須賀川市前田川 

 

 前田川扇町の南部工業団地にあるLIXIL物流センターの西にある。県道281号線から西へ舗装されてない細い道を行くが見落しそうな字がかすれた案内がある。約500m田圃の中にぽつんと屋根付きで一基立っている。県指定で石造双式阿弥陀三尊来迎供養塔とあり浮彫の三尊は摩耗がなく見栄えが良い。鎌倉時代の末法思想の影響をうけたもので阿弥陀如来を信仰し極楽浄土へ往生を願う目的で建された。飛雲に乗る阿弥陀三尊は死者を西方の極楽浄土へ導く状況を表現。三尊が立像なのは早来迎図といって一刻も早く極楽へ往生したい気持が反映されている。

 


 

7.和田の大仏 須賀川市和田大仏 

 

 国道118号線宮前交差点を東へ阿武隈川を渡る手前を下の道へ行く。横穴古墳群の林の一角に築造した壁面に彫り出されている。大日如来とあるが一説では阿弥陀如来ともいう。お顔が僅かに分るが胴から下は摩滅が激しい。大仏の胸がえぐられているのは昔、乳不足の婦女子が大仏の乳部を削って飲み母乳の出が良くなるとの信仰が関係しているという。推定では鎌倉中期の建立といわれている。