さいたま市南区武蔵浦和駅周辺の石仏

 

1.沼影観音堂 さいたま市南区沼影1-6 

 

 JR埼京線の武蔵浦和駅西口を下車し県道213号線(田島通り)を西に400mで右にある。参道入口に石仏が固まっている。丸彫の地蔵立像と聖観音立像、角柱の台座に乗る青面金剛坐像。本堂手前に小屋がありイボ地蔵とのこと何かいわれがあるようだ。本堂の右奥に小さな祠があり、いつもは扉が閉まっているらしいが幸いなことに開いておりこの庚申塔が拝観できた。正面に山王七社の神像が彫られた希少な石仏である。上段が八王子・三宮、中段が二宮・大宮・聖真子、下段が十禅師・客人の七社尊で比企郡ときがわの慈光寺・山王七社像版木とほぼ同じとされる。右側面に「庚申供養沼影広田寺」左側面に「元禄十四年巳三月廿八日」(1701)で解説は省略する。

 


 

2.不動堂 さいたま市南区鹿手袋6-5 

 

 観音堂前の信号を北へ200m信号を左折し300mで右に真言宗・不動尊と書かれた社号塔が目につく。境内にあるこの角柱は道標で上部に宝剣と宝珠を持つ虚空蔵菩薩坐像が浮彫されている。道標として正面に「南江戸わらび道」右面「東うらわいわつき道」左面「西よのかわごえ道」とあり、ほぼ現在地に近いのであろう。紀年銘は寛政九年丁巳二月吉日(1797)。他には寛文十二年(1672)の単制六地蔵石幢、安永七年(17778)の燈籠がある。

 


 

3.宝泉寺 さいたま市南区鹿手袋6-3 

 

 不動堂を東へ200m突き当りを北へ200mで右に宝泉寺がある。境内に二基の庚申塔が並ぶ。左は市指定文化財で解説文がある。笠付角柱は正面上部に彫り窪めて三猿があり、その下に阿弥陀三尊種子と「奉念庚申供養為二世安楽也 本願清浄九人敬白 武州足立郡与野郷鹿手袋村同行」とあり紀年銘は寛文九己酉二月吉祥日(1669)で当地区に庚申信仰が広まった初期の庚申塔である。右の青面金剛は宝暦六年の最盛期の庚申塔である。

 


 

4.別所路傍 さいたま市南区別所2-9 

 

 武蔵浦和駅に戻り東口から区役所西の道を北へ500mで曲坂という一方通行の道になる。右側の民家の一角に立派な屋根を設えてこの庚申塔が納まっている。腰部に接合したあとがあり全体的に摩滅が進行している。合掌で八臂は珍しい。台石も当初のものか判別できないが「暁三毒一切除神…」など庚申信仰の効能が記されている。紀年銘は正徳三癸巳仲春二月庚申碑」(27213)とある。

 


 

5.和光院 さいたま市南区辻3-11 

 

 別所路傍を東へ200m行くと中仙道(国道17号線)で真福寺がある。中仙道を南下するが途中に医王寺、白幡観音堂などがある。真福寺から1200m白幡4丁目南の信号を右へ入るが道が分かり難いので尋ねたほうが良い。無縁塔の前に地蔵立像や延宝八年(1680)の薬師如来立像がある。その奥墓地との境に笠付角柱の上部に大きな蓮華座に金剛界大日如来が坐す。中央に「奉納大乗妙典六十六部日本廻國諸願成就」とあり宝永八辛卯天正月吉祥日(1711)銘。

 

 

 


 

6.万蔵寺 さいたま市南区辻2-25 

 

 和光院の東200mだが道がややこしい。参道に石仏が並んでいる。手前から出羽三山供養塔、青面金剛合掌六臂、敷石供養塔などだが、ちょうど逆光で写真が撮れない。この舟型の馬頭観音は平凡だが、良く見ると銘文に「奉造立華見堂供養」とある。『続日本石仏図典』に花見堂地蔵の解説があるがこれは馬頭観音で紀年銘も宝永七庚寅天三月一日(1710)で三月三日の花見行事とほぼ同じで、注目すべき石仏である。

 


 

7.文蔵薬師堂角 さいたま市南区文蔵4-25 

 

 中仙道に出て小川のある遊歩道を東へ800m行くと文蔵薬師堂がある。南西角に四基の石仏が並んでいる。右から2番目の角柱は「石尊大権現」とあり下に不動明王坐像が浮彫してある。石尊大権現は神奈川県の大山阿夫利神社の神体で大山信仰の広がりがわかる。右面には「北うらわ 東はとがや 南わらびみち」とある道標でもある。文政十歳丁亥六月吉旦」(1837)の紀年銘。他の三基はすべて庚申塔である。

 


 

8.小池弁財天社 さいたま市南区南浦和2-42 

 

 南浦和駅近くまで行くと駅の東南に弁天公園がある。その南にある五差路の交差点北、小さな祠がある。鳥居の扁額に「小池弁財天」とあり、奥の祠に駒型で八臂の弁財天がある。これは荒川流域の洪水災害に悩んで家業繁栄水防の神である琵琶湖竹生島の弁才天を勧請したものである。「奉造立弁財天像 宝永七庚寅八月吉祥日」(17109銘。参道左には中丸から移された成田不動三尊がある。