東京都北区王子駅から荒川区町屋駅の石仏

 

1.西福寺 北区豊島1-14-1 

 

 JR王子駅を東口に出て北東800mのところにある真言宗のお寺。本尊の阿弥陀は江戸六阿弥陀順礼のひとつで一番目になっている。参道両側に石仏が整列している。右側には六地蔵が、そして左側には名号塔や地蔵立像がある。石橋供養塔が目につくがこれは享保年間に土橋を石橋に作り替えた人への感謝のしるしという。本堂の前に舟型の立派な阿弥陀立像があった。銘文を読むと「・・・逆修者・・・成仏道六百日参成就」とあり生前に六百日お参りした証しに建立したとある。紀年銘がないのでいつごろなのだか分からない。

 


 

2.下道地蔵堂 北区豊島4-16 

 

 西福寺から墨田川沿いの道を北西に北からの一方通行の道路を500m行き「家族の家ひまわり王子」の前に「下道地蔵尊」の赤い幟がたくさん並んでいる。立派な瓦屋根の細長い小屋に近くから集められ18基の石仏がある。「下道」とは昔この辺りから「下」=「志茂」(現在の北区志茂)へ向かう道が分かれていたので地名として呼ばれたとある。赤い涎かけを下げた地蔵が多く、これらの大部分は庚申塔でもある。本尊と書かれている中央の地蔵は「種子カ奉供養庚申待二世安楽処」銘がある天和三年(1683)の建立。写真は勢至菩薩坐像でこれも「奉供養庚申為二世安楽 享保三天十一月」(1718)銘がある。

 


 

3.福性寺 北区堀船3-10-16 

 

 西福寺に戻り南東方向に行き読売新聞社の倉庫らしき建物の手前、墨田川近くにある。門を入ったすぐ左に六地蔵石幢を中心に阿弥陀三尊種子の地蔵、聖観音が並んでいる。この三基も銘文にはすべて「庚申供養、庚申待」の銘文で天和二年(1682)~元禄十年(1686)の紀年銘がある。注目したのは境内の墓地との境にある舟型の青面金剛庚申塔である。頭に蛇を巻き付け、三面で八臂の忿怒相である。あまり見かけず貴重だ。享保三戊戌年十二月吉祥日(1718)銘がある。

 


 

4.延命寺 北区堀船4-10-12 

 

 さらに東へ600m荒川区との境、舩方神社の隣にある。写真の左端の聖観音は顔の横に飾りをつけているが何でしょう。「奉供養念佛 貞享三年」(1686)銘。五輪塔の隣は三猿の庚申塔で「奉供養庚申講中當所安穏也 正徳二壬辰天十月十日」(1712)。右端の如来坐像は印相が少し変わっているが墓塔である。境内には墓塔群や萬霊塔などもある。

 


 

5.延命寺子安地蔵堂 荒川区西尾久6-32 

 

 延命寺のすぐ南は荒川区になる。プールやあらかわ遊園のある東側の一角に小さな地蔵堂がある。鉄製の扉は鍵が掛かっており中には入れないが写真は撮影可能である。説明書には写真の日待供養塔は区内でこれ以外になく区指定文化財である。右側の小さな塔には「日待講中念佛成就攸」とあり宝永二年(1710)の造立、上尾久村講中の村人名が刻まれているとある。他にも地蔵、阿弥陀が左側、右横には庚申塔が並んでいるが、どれも銘文などは確認できなかった。

 

 

 


 

6.大林寺 荒川区西尾久3-9 

 

 都電荒川線の「宮の前」駅の北にある。当地には尾久八幡神社の別当寺である願勝寺があったが、明治の神仏分離令で廃寺となり、そこにあった石仏群がこの大林寺に伝わったという。大林寺は元港区三田にあったが継承して現在に至ったという。境内の中央に石仏が並んでいる。不動明王が二基、地蔵、聖観音などと、この庚申塔があった。笠付角柱で青面金剛は合掌六臂の標準的な像容。正徳三天十一月十六日(1713)建立で区指定。

 


 

7.華蔵院 荒川区東尾久8-46 

 

 大林寺の北東200mにある。聖観音や馬頭観音、千手観音など色んな石仏が十基ほど並んでいるが、紀年銘のないものが多い。この舟型の三面馬頭は憂いをおびた表情が印象的だが年代などは分からない。区指定の光明真言板碑があるそうだが境内では拝見できなかったので本堂に納まっているのでしょうか。

 

 

 


 

8.満光寺 荒川区東尾久3-2-4 

 

 都電荒川線に沿って進み「東尾久3丁目駅」と「町屋2丁目駅」の中間の南にある。元は上野の不忍池付近にあったが寛永寺の造営で現在地に移った。ここにも区指定の板碑が六基あるが公開されてないようだ。ここも庚申塔、地蔵、三面馬頭観音などがある。写真の舟型の地蔵は折損したのを修復し端麗な容姿が静かな雰囲気を醸成している。「奉造立地蔵菩薩庚申供養為二世安楽也」の銘文は庚申塔であることを示している。正徳三年(1713)の造立である。今回廻ったコースは地蔵刻像の庚申塔が非常に多かった印象がする。帰りの町屋駅は京成線、都電荒川線、地下鉄千代田線がある。