千葉県印西市の石仏

 

1.長楽寺 印西市大森2034-1 

 

 JR成田線木下駅から県道4号線(千葉竜ケ崎線)を南下、大森坂下信号の南西500mほどにある天台宗のお寺。江戸初期から中期にかけて造立された8基の庚申塔があり、うち6基を掲載。右端、忿怒相の青面金剛は三面で二童子を左右に並べ、三猿と線刻の二鶏、そして下部に四夜叉が揃う正徳五年(1715)の造立である。邪鬼と三猿に特徴があり、左端の邪鬼は顔と手だけで身体がない。その右の2基の猿は中央を向いているなどそれぞれ変化があって面白い。

 

 

 


 

2.光明寺 印西市小林1841 

 

 JR成田線小林駅の南西500mにある天台宗の寺院。本堂右奥に市指定文化財の阿弥陀三尊下総板碑は南北朝の暦応四年(1341)。本堂左奥の墓地に十九夜塔、子安観音、勢至菩薩が十数基並んでおり寛文、延宝、元禄の紀年銘が多く見落とせない。また本堂手前、車庫の横に金毘羅神社があり、その周辺に庚申塔を中心に十数基が三列に並んでいる。前列左端、角柱の青面金剛は二童子を側面に配置した享保三戊戌年十月吉日銘(1718)。写真は中段の右端にあり左手に生首を持つ「生首持ち型青面金剛」と言われるもので印旛・手賀沼周辺に限定されている。宝暦九己卯天十一月日(1759)の紀年銘。

 

 

 


 

3.熊野神社 印西市笠神236 

 

 小林駅から291号線を南東へ2km向公会堂裏あたりだが入口が判り難い「デイサービス幸の家」向かいの細い道を入った右側にある。小さなお堂の左側に十基の石仏が横一列に並んである。千葉県は如意輪観音と子安観音が多いところで、ここも堂内にある「粟島大明神」文字塔以外はすべてそうでいる。写真は中央の三基を掲載した。右の如意輪観音は円満な優しいお顔である。左は子供に乳を含ませている子安観音で右手に持つ蓮の花が印象的。

 


 

4.笠神社 印西市笠神797 

 

 熊野神社の東400mで南陽院の西にあり、周辺の道路は狭いので車より徒歩が良い。参道両側に幕末に建立された百庚申が並んでいる。青面金剛像が18基で残り82基が文字塔で、大部分が慶應元年から三年に造立されたものである。写真の青面金剛はどちらも同じ像容で紀年銘も慶應元丑九月吉日(1865)と同じある。参道右側中央付近にある享保七年(1722)の青面金剛は生首持ちで二童子が彫られている。

 


 

5.蘇羽鷹神社 印西市笠神236 

 

 南陽院の南で笠神社の東にある。笠神城址の台地上の西端にあり、戦国時代の遺構と思われる物見櫓跡や堀跡が残っている。ここは百庚申だが60基しかなく青面金剛は6基で、あとの54基は文字塔である。造立年は明治十六年から昭和十年にかけての近代の百庚申といえよう。青面金剛像にはショケラと邪鬼はあるが三猿と二鶏が彫られておらず江戸期とは異なった雰囲気がある。また文字塔の日月は線刻になっている。

 


 

6.福聚院 印西市中根378 

 

 ここも天台宗の寺院。291号線沿いにある本埜郵便局の西200mにある。境内の一角に石仏・石塔が集められている。20数基ほどあるが大部分が十九夜塔である。掲載した舟型の三基はどれも十九夜塔で左右は阿弥陀三尊の種子を上部に彫ってあり、紀年銘が江戸中期初頭の元禄と宝永で、良く年号を確認すると文政・天保もあり長い期間にわたって十九夜講が存続したことが判る。

 

 

 


 

7.鳥見神社東路傍 印西市中根1339

 

  福聚院から鳥見神社へ向かう途中に岩井製材店があり、その向かいの路傍にある。中央の地蔵立像は年不明であるが、両脇の舟型の地蔵は像容が摩滅してはっきしないが良くみると銘文があり花見堂地蔵である。左側は「奉供養花見堂地蔵尊 宝暦十庚辰天三月三日(1760)。右側は「花見堂地蔵尊 寛延二己巳三月三日」(1749)「同行十人」。三月三日に建立されたもので印西市周辺に29基確認されている云われる。

 


 

8.松虫寺 印西市松虫7 

 

 成田スカイアクセス 「日本医大前」駅の北東1kmにある。ここの百庚申はすべて青面金剛像であるが、50基は松虫コーヒー店まえの道路際の一段高い場所に隙間なく並べられており、残りの50基はすこし離れた杉自塚(姥塚)にある。剣人持ちで邪鬼を踏む像容は似ているが、良く見ると細かい部分では異なっている。どれも境内にはなく離れた場所に隔離されたようで寂しそうである。