千葉県四街道市の石仏

 

1.香取神社 四街道市鹿渡436 

 

 JR総武本線の四街道駅南口から東へ1.7kmほど昔からの集落の中心にある。香取神宮の分社で祭神は経津主大神(くつぬしのおおかみ)。境内に五角形の社日塔が二基並んでいる。春分・秋分の最も近いつちのえ(戊)を「社日」といい地神を祀る。天照大神、少彦名命、大己貴命などの五神名が刻まれている。作神で講中による建立であろう。昭和九年十月の建立で比較的新しい。他に疱瘡神の石祠となぜか欠損した大日如来坐像がある。

 

 

 


 

2.善光寺 四街道市鹿渡334 

 

 香取神社の先100m右側にある真言宗のお寺。入口に秩父三十四観音巡拝塔や十九夜塔が20数基きちんと

 

並べられている。聖観音や如意輪観音で女人講中の建立である。回り込んで正面から入ると本堂を背景にこの六観音がある。市指定文化財ですべて舟型の立像、像容の変化は少ないが上部に六観音の種子が刻まれており区別ができる。視線を下向きにした控え目な印象が残る。享保十七年三月二日(1732)の造立。

 


 

 本堂前の左に大きな基壇と蓮弁台座に乗る丸彫坐像の両界大日如来が並んでいる。基壇の銘文では歴代住職の墓塔と思われ右の胎蔵界大日は元禄二年(1689)、左の金剛界大日は正徳六年(1716)で紀年名が異なる。各々の表情や蓮弁台座、衣紋などにも違いが見えるが存在感のある石仏である。

 

 

 


 

3.御当別路傍 四街道市鹿渡368 

 

 善光寺を出て道なりの100mほどカーブした左の道路脇ぽつんと立っている。地区の字木戸場の十字路にあったが道路整備で現在地に移転。江戸時代に千葉の寒川御殿(佐倉の倉庫)へ年貢米を運ぶ街道の道筋に立てられたもので 四面に道標が書かれている「。西をうわだ かやた道 南ふなばし こてはし道 北やまなし 東おなき わらび さかど東金道」とある。馬頭観音は本来、憤怒相だが、この像は顔が少し摩滅しているが慈悲相である。市指定文化財で弘化四年三月(1847)銘。

 


 

 4.大隆寺 四街道市山梨1496 

 

 道なりに林や田圃が続くのどかな田園地帯を1kmで集落に入る。信号のない十字路を右折し300mで右に大隆寺がある。市内きっての古刹。曹洞宗で戦国時代の大永元年(1521)の創建と伝えられる。馬頭観音が二基。舟型の勢至菩薩立像は寛文十二年(1671)銘。庚申塔が三基あるその先に写真の石仏がある。宝篋印塔は市指定で「球形塔身宝篋印塔」と解説がある。陀羅尼の呪文を書写し塔身上部に彫り込んだ石室に祭納とあり370余字の願文がかかれ享保十一丙午二月吉旦(1726)銘。右の三猿がある庚申塔は延宝八年(1680)、如意輪観音の十九夜塔は正徳四年(1714)。

 


 

5.字将監路傍 四街道市長岡398 

 

 大隆寺から元の十字路に戻り北へ直進。細い道で分かり難いが1.5kmほどでJR総武線の線路を渡り最初の路地を右に登ると小屋に石仏群がまとまってある。この場所は字名を将監と呼び律令時代、近衛府で裁判権を有し将監という官職にちなんだ地名。そのためか付近から蔵骨壷や板碑が出土。廃寺になった正福寺や近くの路傍に埋もれていた石仏を、地元の有志によって整備されたものである。全部で十基あり大きな説明板が横に添えられている。江戸時代後期に建立された十九夜塔が大部分である。

 


 

6.長岡橋北東角路傍 四街道市長岡字鐘塚212

 

 もとの道に戻って先へ500mで東関東自動車道の上を越えるとすぐ右に小さな小屋と看板がある。左の舟型阿弥陀如来立像は市内唯一の念仏塔で市指定文化財である。碑面には「奉造立阿弥陀如来諸施主為現当二世安楽也」「下総國印旛郡長岡村 寛文十三丑拾月廿八日」(1678)とある。また碑面一杯に善男善女62名の名前が陰刻されている。三猿が彫られた台座に乗っているが、これは隣にある文字庚申塔の台座と入れ替わったのであろう。すぐ先の信号を右折すると総武線の物井駅に行く。途中の御山不動尊や円福寺にも石仏があるので寄り道もOK