千葉県鎌ケ谷市の石仏

 

1.大宮神社 鎌ヶ谷市中佐津間1-12-1

 

 東武野田線の六実駅で下車。東にある県道8号線を少し北へ行き佐津間信号の先の右にある。鳥居の前に二基の庚申塔がある。右の青面金剛は合掌する二臂で二手は珍しい。碑面の右に「奉供養庚申成就攸」左に「元禄十五年十月十日」(1702)銘があり、下部に寄進者名と三猿が彫られている。左側は文字「青面金剛」で文化六年(1809)の建立。その後ろに如意輪観音の十九夜塔があり、本殿の周辺には力石や廿三の石祠などがある。

 


 

2.南佐津間路傍 鎌ヶ谷市南佐津間12 

 

 8号線を南下し佐津間十字路バス停先を左折。左の民家前に庚申塔が二基並んでいる。どちらも角柱で三猿のある文字塔である。写真は右側の塔で正面は「青面金剛」とあり、側面には寛政五丑年十一月吉日(1783)銘がある。三猿は左から不見、不聞で、問題は右端の不言である。両手で何かを持ち高く上げている。持物の一部が口に触れているように見える。飲みながら口を塞ぐ所作にみえたが、考えすぎであろうか。

 


 

3.南佐津間路傍 鎌ヶ谷市南佐津間10

 

 (2)を東へ行くと30mT字路にこの道標がある。線刻の文字が細くて読みにくい。市指定文化財になっており、それによると正面に大日真言と「木おろし成田道」右面に「松戸江戸道」左面に「粟野ふなはし道」とある。鮮魚道の道標といわれており、我孫子の布佐から松戸を結ぶ道で、銚子で水揚げされた魚を江戸まで運ぶルートだったという。文久四年(1864)の建立。

 


 

4.粟野青年館 鎌ヶ谷市粟野120-1 

 

 8号線に戻って南へ1km粟野十字路の先の左に青年館がある。右の境に、忘れられたようにひっそりと舟型の如意輪観音が置かれている。碑面に「奉供養十九夜講中 粟野邑」とあり寛政十二年庚申十一月吉日(1800)銘がある。庚申年だが女性達で十九夜塔を建てたのであろう。他には祠に二基の弘法大師坐像があり、光明真言供養塔が奥にある。

 


 

5.粟野八坂神社 鎌ヶ谷市粟野208 

 

 青年会館から8号線を50mほどUターンし粟野十字路の信号を左折。350mで東武野田線の踏切を越えるとすぐ左に八坂神社がある。庚申塔群があり市指定文化財になっている。元禄十二年(1699)~平成二十七年まで規則的に造立され色々な形が見られる貴重な資料でもある。全部で44基うち刻像が10基。また庚申講が江戸時代から現代まで継続され、市内で残っている唯一の地区である。これも講行事も市指定文化財になっている。

 


 

6.鎌ヶ谷大仏 鎌ヶ谷市鎌ヶ谷1-5 

 

 新鎌ヶ谷駅に行き、新京成電鉄に乗り鎌ヶ谷大仏駅で下車したすぐ北口にある。鎌ヶ谷大仏は青銅製で安永五年(1776)に鎌ヶ谷に住む大国屋福田文左衛門が先祖の冥福を祈って建てた高さ1.8m、台座を含め2.3mの釈迦如来である。この右隣りに石仏群がある。左の青面金剛は剣人持六臂で彫も良く秀作であり、享保七□壬寅年十月(1722)銘で保存状態も良い。少し気になったのは三猿と青面金剛の足の間に猿の頭と手らしいものが見えるがいかがでしょうか。

 


 

7.八幡神社 鎌ヶ谷市鎌ヶ谷1-6 

 

 鎌ヶ谷大仏の道路向かいが八幡神社。この辺りは野付村(牧場の管理と牛馬の世話をする村)として、これら官馬の往還の便に上古から「かしま道」として人馬が行き来の多い所だった。この八幡神社にも市指定文化財の百庚申がある。天保誦二年(1841)から五年間かけて建てられた。青面金剛像は十基であとは「庚申塔」の文字碑。参道の片側に並んでいるが、石材が脆いのか剥落したものが多く、青面金剛で像容がしっかりしたものはひとつもなく残念である。