東京都品川区五反田駅周辺の石仏

 

1.宝塔寺 品川区五反田1-2-29 

 

 天台宗のお寺で、元は品川の海岸近くにあった。その後目黒川近くに移転したが川の氾濫などで現在地に移る。出漁の前に参拝すると大漁になるといわれ漁民の信仰を集めた。元三大師像紙本や木造聖観音は指定文化財。境内に並ぶ二基の庚申塔は、以前は近くの雉子神社にあったものでこれも区指定文化財。笠付角柱は「南無青面金剛待守護所」とあり下部に線刻の三猿で寛文十二年銘(1672)。板碑は寛文八年(1668

 


 

2.光取寺 品川区上大崎1-7 

 

 当寺は浄土宗で周辺に増上寺の子院群がある。当初は増上寺近くにあったが明暦の大火で麻布狸穴に移転。その後、家光の息子甲府宰相綱重の屋敷にされるため幕命で寛文年間に現在地に移る。境内右に石仏が7基並んでいる。右から地蔵半跏像(年不明)、閻魔坐像(年不明)、多宝如来は墓塔で夫婦の法名と寛永・寛文の紀年銘がある。正面に「直至院」とあるのは廃寺になった寺から移されたもの。どれも彫りが精緻で表情が静寂さを秘めている。

 


 

3.徳蔵寺 品川区西五反田3-5-15 

 

 門裏に三輪地蔵と塩地蔵があり江戸期から虫歯や眼病に効験があるとして信仰を集めた。隣のビルとの境に庚申塔が5基並んでいるが、これは区指定文化財。左から2つ目の板碑は「奉造立庚申供養二世安楽祈所」寛永十二天乙亥三月吉日(1635)銘は区最古。台石に峯行者教善院の名があり大峯山行者が庚申塔の造立に関与したことが分る。他に延宝、天和、元禄と江戸初期の庚申塔が揃っている。また奥に日本諸国社号等標石群がありこれも区指定文化財。近在の人々によって造立されたと考えられ六十六部廻国思想に関連があると考えられている。

 


 

4.安楽寺 品川区西五反田5-6-8 

 

 庚申塔、馬頭観音など8基が供養塔群として区指定文化財になっている。元は近くの目黒川付近にあったものが当寺に移された。写真の青面金剛庚申塔は四臂で二邪鬼、台石に御幣を担いで踊る二猿と雌雄がhがはっきりした二鶏で全体に丁寧に彫られた構図が面白い秀作である。寛政十一己未十二月建立(1799)。板碑に釈迦立像が浅浮彫された「奉造立南無釈迦佛念佛石□一躰 維持寛文第十庚戌年十月大吉日」(1670)や三面六臂の馬頭観音(延宝期)など見応えのある石仏群である。

 


 

5.戸越地蔵尊 品川区荏原2-9-17 

 

 旧中原街道に面しており旧街道の供養塔群として区指定文化財とされている。中原街道は江戸虎ノ門から相模国平塚に至る道路で東海道に平行した脇街道として利用された。戸越村、桐ケ谷村の民間信仰を今に伝える貴重な民俗資料とされている。子育地蔵尊、供養塔2基、それに庚申塔3基で、写真の庚申塔は左が寛文六年(1666)右は宝暦四年(1754)で下部に三猿が彫られており銘文があるが摩滅し読めない。

 


 

6.戸越八幡神社 品川区戸越2-6-23 

 

 境内に「戸越の名の由来」碑があり、それには寛永廿年刊行の八幡宮出現由来記の古歌に「江戸越えて 清水の上の成就庵 ねがいの糸の とける日はなし」とあり、江戸を越える村というのでこの名ができ戸越(とごえ)と呼びましたとある。境内に二対の狛犬があり本殿に近い方が区指定で延享三年(1746)の造立。区最古の狛犬で台石に207名の名前があり、庚申講中の名前も記されて庚申講との関りが分る。もう一対は明治六年(1873)で鶴見の名工飯嶋吉六作である。