埼玉県吉川市南部の石仏

 

1.清浄寺 吉川市木売2-20 

 

 JR武蔵野線吉川駅下車。西に中川、東に二郷半用水が南北に流れている。その真ん中にけやき通りが走っており三郷市との市境まで南下して巡るコースの石仏を紹介する。その最初が清浄寺。本堂前にある「南無仏板碑」「西念法師塔」は鎌倉期の石造物で県指定史跡。本堂裏の無縁塔群の後列に庚申塔が二基ある。青面金剛の合掌六臂で碑面に「奉供養庚申待」「享保十乙巳十月廿六日(1725)。頭に蛇を巻きつけている。その左に同じ青面金剛庚申塔があるが、少し白いカビが覆っている。このまわりに墓塔らしいが地蔵、大日如来、如意輪観音などがある。

 

 

 


 

2.高富蕎高神社 吉川市高富1-12 

 

 境内の右側に立派な銅板製屋根の祠があり、前に鈴が下がりお参りするようになっている。この神社の祭神は商売繁盛の神である高木大神。高い木に降下する神の意で、この信仰はアジア大陸に広く分布しているそうである。扉を開けると磐座に右足を下げて座る丸彫の猿像である。台座の下部が隠れているか、上部の見える部分には「奉供養□□ 元禄□□」の銘が読める。堂内に「猿田彦大神」と書かれた木札と猿らしい絵馬が置かれていた。

 


 

3.高久蕎高神社 吉川市高久1-9 

 

 新しい社殿が平成七年に完成した時に立てた立派な由緒碑あり、長禄四年(1460)室町前期の板碑が保管されているという。小屋の中に庚申塔が二基安置されている。右の青面金剛は合掌で宝輪、鉾、弓矢を持つ合掌六臂で邪鬼の頭の上に乗っている。正徳四甲午年十一月吉日(1714)銘。写真の左に駒型の上部だけが見えるのは「青面金剛尊」とある文字の庚申塔で下部に三猿があり享和二年(1802)銘。他の祠も開けて見ると次は子供が造ったような稚拙で彩色された不動明王、次は鬚を生やした神像で、よこに浅間大神の木札がある。境内に富士浅間大神の石碑と青面金剛庚申塔などがある。

 


 

4.香取御嶽神社 吉川市中曽根1-23 

 

 境内の左に石塔がいくつか並んでいる。手前は文政七年(1824)の「奉読誦普門品三万巻供養塔」と文政三年(1819)の文字の庚申塔で、この庚申塔は側面に「江戸道」と道標も兼ねている。写真は後列の二基で左の石祠は立派な兜を被った武将で碑面の上に「清正公大明神」と記されており、加藤清正像のようだ。祠の側面に「普門品供養」「文政二年十月」(1819)とあり加藤清正の石造は少ない。

 


 

5.宗眼寺 吉川市中曽根1-25 

 

 真言宗豊山派のお寺で本尊は不動明王。境内にも不動明王の石塔がある。本堂の裏に無縁塔群がありたくさんの石仏が並んでいる。大部分が墓塔なので地蔵が多い。しかしよく見ると写真は阿弥陀三尊で戒名が左右にあり紀年銘は読み取れない。他に通常とは反対の左膝を立てた如意輪観音や六地蔵石幢の龕部のみなど、墓地整理でかたづけられた石塔が集められていた。

 


 

6.長福寺 吉川市道庭1-13-3 

 

 市域の最南部にあり江戸中期から昭和40年代にかけて建立された庚申塔が403基あると記されている。千躰庚申塚といわれ市指定文化財になっている。大部分が文字塔で「三躰庚申塔」と書かれた塔や角柱の側面に「庚申」の文字がたくさん刻まれた石塔もあり、それらを入れれば千体になるかも知れない。中央に主庚申の青面金剛があり、周辺に大小さまざまな庚申塔が雑然と置かれている。文字塔が大部分で青面金剛は数基しかない。

 

 

 


 

 広場の中央にある主庚申は5段の石垣製基壇とその上に3段の基礎そして台座上に駒型の青面金剛庚申塔が天を仰ぐように屹立している。総高は45mほどありそうだ。丸彫に近い浮彫で青面金剛の膨らんだ頬が怒りの表情を倍加させている。踏まれている邪鬼の頭に角が出ているのが分る。庚申塔それぞれの紀年銘は異なっているが、主庚申の台座には文政十一戊子年十一月吉祥日(1828)の紀年銘がある。

 

 ここからは東へ行くと三郷市になり、少し距離はあるがJR武蔵野線の新三郷駅に行くことができる。