東京都杉並区東南部の石仏

 

1.龍泉寺 杉並区下高井戸2-21-2 

 

 京王線下高井戸駅のすぐ北側、寺町の一角にある曹洞宗のお寺。開創は江戸麹町だが火災などで移転を繰り返し明治42年に当地に移った。移転当時は門前を流れる玉川上水に春は桜が清流に映え、六月は蛍が飛び交う名勝地だったそうです。北向地蔵は江戸時代から難病に霊験あらたとあつい信仰を集めたと伝えられる。六地蔵石幢は天保十二年丑四月建立(1841)で「石工清助墓」とある。安永六年(1777)建立の六地蔵や古そうな五輪塔、宝篋印塔などもある。

 

 

 


 

2.永昌寺 杉並区永福1-6-15 

 

 龍泉寺の東で道を隔てた隣にある。門前の左に五基の石仏があり、左から像高が大きい順に並んでいる。杉並区教育委員会発行の「杉並の石仏と石塔」によると左側の二基とも青面金剛は八臂とあるが風化が進みはっきり確認できない。左端は元禄十一(1698)、左2番目は享保十七年(1732)の造立。真ん中にある角柱の青面金剛は二臂で延宝戊午天十月良辰日(1678)銘で標準的な六臂でなく珍しい。地蔵立像二基も寛永八年(1631)と寛文七年(1667)で江戸初期の造立である。

 

 

 


 

3.永福寺 杉並区永福1-23-6 

 

 墓地入口に大きな広さの無縁塔群があり、その前に江戸時代に村人の信仰をあつめた正徳五年(1718)造立の「子授け地蔵」がある。それと西門には簡易な覆屋下に三基の石仏がある。中央の五輪塔形態の庚申塔は区内最古で銘文は「奉供養庚申今月本日 衆生旦那二世安楽所 武州多東郡養福寺村 于時正保三丙戌天吉日」(1681)とある。当初は永福1-27にあった修験儀宝院持ちの塚にあったそうで貴重な庚申塔である。左側の笠付角柱の青面金剛も天和元年(1789)銘、江戸初期の造立。

 


 

4.龍光寺 杉並区和泉3-8-39 

 

 真言宗室生寺派で平安時代末期に造立された歴史のあるお寺。寺号の「龍光」は当寺のすぐ下を流れる神田川の源、井の頭池に住んでいた巨大な竜が川を下ってきて、この付近で雷鳴をとどろかせ光を放って昇天したことに由来すると伝えられてる。境内には雑然と石仏が点在している。この笠付角柱の庚申塔は元禄十四辛巳年十月七日(1701)銘。他に天保九年(1838)の青面金剛、六十六部供養塔、光明真言供養塔など多数の石仏・石塔が並んでいる。

 


 

5.文殊院 杉並区和泉4-18-17 

 

 高野山真言宗で本尊は弘法大師。江戸期は高野山在番所行人方触頭として重要な寺であった。宝暦年間御府内八十八ケ所(大師信仰)打ち留の札所であった。境内には大師信仰を示す八十八ケ寺大師椅坐石像が九十一体ある。明治11年から29年に建立されたもの。他に編み笠を被る大師立像、地蔵などがある。

 

 

 


 

6.大円寺 杉並区和泉3-52-18 

 

 山門前に立派な結界石と仁王一対が出迎えてくれる。門を入ると右に六地蔵立像が揃い、左の塀際に聖観音立像でどちらも安政年間の造立。そして墓地との境にも石仏が並んでいる。駒型の青面金剛庚申塔は剣人持ちの六臂で頭部にドクロを飾る。紀年銘が見当たらない。その隣の地蔵 三基も彫りは丁寧だがこれも造立念が分らない。左端の自然石は准胝観音坐像で像は線彫されている文政十三年歳次庚寅三月十五日(1830)銘。

 

 

 


 

7.東運寺 杉並区方南2-5-4 

 

 阿弥陀如来を本尊とする浄土宗のお寺。山椒大夫に釜茹でにされそうになった厨子王を、ここにある身代わり地蔵尊がお坊さんの姿になって助けたという言い伝えがある。それにちなんで当寺本堂の屋根に釜を置くという。参道左の竹藪の中に聖観音と庚申塔が隠れている。庚申塔は笠付で塔身が円筒形で青面金剛は二臂である。紀年銘も寛文八戊申年拾月吉日(1668)で、聖観音は年不明である。ここからは地下鉄丸ノ内線方南町駅はすぐ。京王線の代田橋駅までは少し遠いが歩けます。