東京都港区愛宕から高輪の石仏

 

1.天徳寺 港区虎ノ門3-13-6 

 

 愛宕神社とNHK放送博物館の間にある隧道を西に行くと左にある。広い敷地で静寂な雰囲気が都心の喧騒を感じさせない時が止まったような趣がある。山門を入った左側に三基の石仏の右端にある。舟型で高さが1mをこえる聖観音が蓮台を両手で持っている。頂部に聖観音種子サ、碑面に「此尊像者為逆修菩提也」とある逆修塔で台座に貞享五戊辰年六月十九日(1688)銘がある。並んでいる阿弥陀坐像と如意輪観音坐像も墓塔のようだがどれも気品のある石仏である。

 


 

2.増上寺 港区芝公園4 

 

 301号線に戻って南に行くとすぐ増上寺に突き当たる。徳川家の菩提所として有名で説明を必要としない。徳川家墓所前に四菩薩が東向きに祀られている。元は今の北西にある地蔵山に街道を見下ろす形で安置されていたという。右から普賢菩薩、地蔵菩薩、虚空蔵菩薩、文殊菩薩ですべて丸彫で状態が良い。解説板によると正嘉二年(1258)の作と伝えられるとある。ここには西向観音、千体地蔵、仏足石などたくさんの石仏がある。

 

 

 


 

3.通元院 港区芝公園2-12-19 

 

 増上寺前を南下し、芝公園の信号を左折し将監橋の袂に赤い小さな鳥居前に置かれている。区指定文化財で『港区文化財のしおり』によるともとは増上寺の『三大蔵経』を納めた経蔵の蔵司の居住する場所を定め、その場所にこの塔を建ててこれを守ったとある。板碑に聖観音と不動明王が浮彫されている。裏面に136文字の銘文があり建立の由来などが書かれている。元禄七甲戌歳二月廿八日(1694)の紀年銘。

 


 

4.玉鳳寺 港区三田4-11-19 

 

 芝公園から地下鉄都営三田線に乗り白金高輪駅から歩くか、少し距離があるが慶應大学前を通り歩くか。三田45丁目界隈は江戸城拡張工事に伴い三田が寺町に指定され寛永年間に移転。当寺は慶長四年(1599)八丁堀に創建された曹洞宗寺院で寛永十二年(1635)に移転した。寺伝ではこの地蔵八丁堀の地蔵橋畔に捨てられていたものを住職が修復し、白粉を塗って祀ったという。和尚の顔の痣が消え、人々が自分の身体の病気のあるところと同じ部分に白粉を塗って祈願するといわれる化粧延命地蔵(おしろい地蔵)である。他にピラミッド型の三猿塔で碑面に「青面金剛」の文字を刻んだ庚申塔がある。

 


 

5.清久寺 港区三田4-11-8 

 

 寺町の一角で玉鳳寺の西にある。門前の左右に宝篋印塔が一対あり、左側の塔は、蓮華座に乗る塔身は円形で、台石が刻像されている。正面は丸く彫り窪めて聖観音立像が浮彫され、右面に三体の地蔵立像がある。左面は見えないがもう三体の地蔵と想像し、六地蔵と見た。裏面に銘文がびっしり刻まれ実道尼の生涯が記録されているようである。明治の年号があり個人の供養に立てられたようだ。

 


 

6.願生寺 港区高輪2-16-22 

 

 都営浅草線の泉岳寺駅前にある。写真の石塔は牛供養塔といわれ正面に「南無阿弥陀仏」と祐天筆の名号が刻まれている。台石に「世話人牛屋惣若者中」とあり門前の車町牛屋七家によって建立。車町は属に牛町ともいい、江戸幕府が江戸城築城などの際に重量物の運搬をするために招いた京都牛町の牛屋をこの辺りに常住させていた。この塔は文政十一年(1828)の再建である。他に延命地蔵、二千百六十人之霊供養塔、六地蔵石幢などがある。

 

 

 


 

7.高輪神社 港区高輪2-14-18 

 

  願生寺前の15号線を品川駅方面に500m行くと右側にある。階段を上ると本殿があり、その左横に石門がある。これは江戸石工組合が寄進したもので龍と虎を彫刻し、作者は名工熊山及び石田屋知卜作である。この庚申塔は入ることが禁止の社殿裏にあり、望遠レンズで撮影した。区内最古の庚申塔で笠を欠損し、剥離も進んでおり合掌か剣人か分からない青面金剛像である。区のしおりによれば貞享三年八月(1686)銘がある。他に恵比寿、大黒天、随身像などがある。