東京都板橋区板橋宿の石仏

 

1.南蔵院 板橋区蓮沼町48 

 

 板橋宿を北から南へ石仏巡りをする。地下鉄都営三田線「本蓮沼駅」下車。17号線を北上すると右側にある。真言宗で宝船山連光寺と号す。本尊は十一面観音。享保七年に八代将軍吉宗による戸田・志村原の鷹狩りでは御膳所となった。門を入るとすぐ両側に石仏がある。注目は左の中央付近にある笠付角柱で庚申講中の造立による三面六臂の馬頭観音。「武州豊嶋郡蓮沼村庚申講 正徳三年癸巳」(1713)。馬頭観音主尊だが庚申講が造ったもの。他に出羽三山供養塔はそれぞれに阿弥陀、大日、聖観音が刻まれている。そして台座には蓮沼町、前野町、小豆沢村など70名の講員名が記され三山講の繁栄が偲ばれる。また区指定になっている承応三年(1654)に庚申講中が造立した地蔵などたくさんの石仏がある。

 

 

2.智清寺 板橋区大和町37 

 

 浄土宗で龍光山恵照院智清寺と号す。室町時代初期に見誉上人智清によって創建されたという。入口すぐに写真のような庚申塔と六地蔵がある。笠付角柱の庚申塔で青面金剛はなぜかお顔が潰れている。銘は「奉造立庚申供養二世安楽也」元禄三年(1696)で邪鬼、二鶏、三猿。その横は二体三石の六地蔵で年号は元文五年(1740)から宝暦三年(1758)までばらばらであり、右端には「三界萬霊」とある。他に丸彫の地蔵が四基境内にある。

 


 

3.氷川神社 板橋区氷川町21

 

 板橋宿の鎮守で境内に富士塚がある。これは板橋宿の長田長四郎を講祖とする永田講が築いたもので塚には弘化四年(1847)の奉納石碑や安政二年(1855)の石碑が塚頂部にある。富士塚の手前に庚申塔が二基ある。写真は左側の笠付角柱。邪鬼を初めとしてどれも太り気味で、迫力に欠けている。しかも庚申塔の隆盛時期である享保五年(1720)の紀年銘がある。

 


 

4.文殊院 板橋区中宿28  

 

 真言宗。幡場山大聖寺と号す。本尊は文殊菩薩。旧中山道にあたる商店街の傍にある。山門脇に舟型の勢至菩薩立像と板碑がしっかりと固定されている。天衣を大きく翻して合掌し延宝八庚申十月十四日(1680)銘。少し狭い境内には足腰の守り神とされる子の権現と墓地入口に遊女の墓といわれる石塔群がある。

 

 

 


 

5.遍照寺 板橋区中宿40 

 

 お寺を再建するため現在寺域は平地になっており参道らしき塀際に石仏が露座で並んでいる。角柱の表面を彫窪めた一面二臂の馬頭観音はユニークな表情をしている。台石に「當宿馬持中」とあり板橋宿の馬方が建てたもので寛政十年午年十二月吉日(1797)銘がある。他に文字塔の馬頭観音や三猿を伴った文字の庚申塔がある。また年代不明で不動明王が不在だが彫りの良い丸彫立像の制多迦童子と矜羯羅童子がある。

 

 

 


 

6.観明寺 板橋区板橋3-25 

 

 真言宗。如意山観明寺と号す。江戸時代には板橋宿の寺として信仰を集めた。旧中山道沿いに小屋を設け庚申塔が安置されている。説明書には区指定文化財で青面金剛が彫られたものとしては区最古とある。摩滅が少し進行しており細部までははっきりしない。青面金剛は剣人持ち六臂で天蓋が付き左右に童子が並ぶ。その下は一鶏、一猿で寛文元天辛丑八月吉日(1661)銘。境内には上部に観音真言が書かれた聖観音(寛文八年1668)や不動三尊、「疱神」と書かれた石祠、宝篋印塔などがある。

 


 

7.東光寺 板橋区板橋4-13 

 

 浄土宗で丹船山薬王樹院東光寺と号す。本尊は阿弥陀如来。ここには区指定文化財が三つある。笠付角柱の青面金剛はこれも剣人持ち六臂で二童子、邪鬼、四夜叉、一鶏、一猿のフルセト揃えである。紀年銘は寛文二之天壬寅五月十二日(1662)。他には信者180名の名前が刻まれている延命地蔵、変形五輪塔の宇喜多秀家の墓などがある。