栃木県矢板市の石仏

 

1.鹿島神社 矢板市鹿島町11-14 

 

 神社と隣接して富田公民館があり広場でゲートボールをしていた。赤い稲荷大明神の鳥居が並ぶ道路沿いに石塔が十数基並んでいる。鳥居近くに熊野大権現、生駒神、出羽三山塔など色々な書体を使い凝っている。二十三夜塔は「二十三夜碣」とあり「碣」(けつ)はいしぶみのことである。六臂の青面金剛は外に出る手の形が直角で変わっている。安政五年(1858)の建立。舟型の馬頭観音は円頭光背で優しい顔をしている。他に如意輪観なども並んでいる。

 

 

 


 

2.塩竈神社 矢板市上町6-11 

 

 参道に馬頭観音を中心に石仏・石塔が整列している。中央の馬頭観音坐像は頭上の宝馬が欠けていて残念だが馬口印を結び迫力が感じ取れる。右の庚申塔も剣人持ちの六臂で元文五年十月(1740)の紀年銘。ここにある二十三夜供養塔、湯殿山、馬頭尊の文字塔の書体もそれぞれ違っていて興味が惹かれる。社殿近くの祠を開けると中に大黒天が祀れれているが少し風化が進んでいる。

 


 

3.幸岡観音堂(密乗院跡)矢板市幸岡1307

 

 矢板市役所北の国道461号線を西へ進み、東北高速道を越えたらすぐ右折、キムラオートサービスの角を左折し、しばらく行くと右に墓地がみえる。密乗院跡で小さな観音堂がある。堂前の広場は雑然としているが一応コンクリートの基礎で固め石仏・石塔が20数基置かれている。入口には塔身のみの六地蔵石幢があり、如意輪観音、馬頭観音、地蔵が多い。写真の三面馬頭観音坐像は前に記載した塩竈神社の馬頭観音と彫が似ているように感じたがいがだでしょう。

 


 

4.二ツ葉観音堂 矢板市下太田567 

 

 矢板市内中心部を南北に走る県道30号線を北上し下太田の信号を西へ行く川を越えた右に高橋リンゴ園直売所がある。その裏の森が観音堂。入口で如意輪観音がお迎えしてくれている。階段の奥に赤い屋根の観音堂が見る。ここも地蔵と如意輪観音が多い。その中から舟型の馬頭観音と地蔵坐像の写真を選択した。馬頭観音は地元の資料では勢至菩薩となっているが種子がカンで合掌の手印も馬口印、頭上も宝馬に見える「寒念佛供養塔 安永七戊戌年十二月□日(1778)西太田村」の銘文がある。

 


 

5.立足・笠松野仏群 矢板市立足  

 

 県道30号線泉小学校南の道路を西に1.2kmほど立足公民館方面へ右折突き当りにある。ここは寺山観音寺への立足口の参道と峠を越えて長井へ通じる合流点。松があるので笠松と呼ばれ矢板市野仏10選に入っている。コンクリートで補強された道路側壁上に石仏が並んでいる。入口に丸彫の大黒天が笑顔で迎える。馬頭観音が多いが奥にある角柱の青面金剛 天明二年(1782)、如意輪観音 文化五年(1808)など彫が良い。また自然石の「青麻三光宮」とある石塔は明治十六年(1883)銘。

 


 

6.寺山観音寺 矢板市長井1875 

 

 真言宗智山派で高原山の中腹450m近くにある。大同元年(8069徳一上人が七堂伽藍を建てたといわれている。その後塩谷氏代々の祈願寺となり、塩谷氏滅亡後は宇都宮城主代々の祈願寺であった。本尊の千手観音は国指定重文で秘仏でもある。境内は広くたくさんの石仏が散在している。入口から如意輪観音、大黒天、不動明王、打ち出の小槌像。本堂前には写真のような千手観音、青面金剛 2基、大乗妙典供養塔。そのほかに山岳信仰関係の石塔や墓地には双体佛、六地蔵石幢などがある。庚申塔はどちらも元文五年銘。

 


 

7.私立郷土資料館 矢板市上伊佐野761-2 

 

 廃校になった少学校が郷土資料館になっている。グラウンドの手前正面に如意輪観音二基と文字道祖神が並んでいる。右は基礎に4「念佛供養塔」とあり寛政七年卯十月吉日(1795)、左は「十九夜」とあり萬延元酉年四月十日(1860)。どちらも豊満な肢体で像容は似ている。この三基の右側土堤沿いに馬頭観音や如意輪観音の刻像、石塔が混在し十数基ならんでいる。

 


 

8.鏡山寺前公園 矢板市東泉680 

 

 鏡山寺の隣に小さな公園があり、入口に二基の石塔が立っている。左の自然石は市指定文化財で銘文は正面に「ウハッキュウ旅人供養塔 右氏家 左佐久山」、右側面に「享和三癸亥夷則一日」(1803)の紀年銘。これは道標で「ウハッキュウ」と書かれた紙が死体に触れるだけで成仏すると言われ、旅人が迷わず目的地に行けることを願ったものと説明板にある。