横浜市栄区本郷台駅周辺の石仏

 

1.永林寺 横浜市栄区公田町485 

 

 JR根岸線の本郷台駅で下車。駅前東にいちょう通りがあり南へ行く。900mで桂町交差点左折し栄図書館入口前を入ると永林寺の横に出る。永林寺は曹洞宗で慶長十三年(1608)に韓嶺良雄によって開山された。山号の桂谷山は、かつてこの辺りが桂村だったことに由来する。寺の横の細い道を上って行くと左に石仏が並んでいる。小屋内にトロケた薬師如来立像、覆屋には六地蔵と馬頭観音文字塔、弘化四年(1847)建立の薬師如来坐像がある。さらに上り墓地の中程左に庚申塔七基が三列に並んでいる。旧桂村から持ち込まれたという。四基が青面金剛で写真は中段左にある駒型で正面に「百庚申供養塔」下部に横向きの一猿は桃の実を持っている。文化十一年(1729)の建立で江戸後期に流行した百庚申の名残であろう。

 


 

2.證菩提寺 横浜市栄区上郷町1864 

 

 榮図書館入口戻り環状4号線を東へ1600m稲荷森バス停前信号を右折すると左に證菩提寺がある。当寺は頼朝が真田与一の追善供養で建立した。そのいわれは治承四年(1180)の石橋山の戦いで大庭景親に敗れ上総に配送したさい、真田与一が頼朝をかばって戦死した。その供養で頼朝が建てたという。岡崎四郎は真田与一の父でその供養塔である。他に境内には墓塔らしい地蔵、阿弥陀などがあり、階段を上がった上にこの岡崎四郎の墓がある。

 


 

3.子の神日枝神社 横浜市栄区若竹町31-34 

 

 環状4号線へ戻りUターン300mで中野バス停前バーミヤンの角を右折し500mで右に子の神日枝神社がある。参道右側に5基の庚申塔が並んでいる。写真は定印の阿弥陀如来で左右の猿が中央を向いている。天和三年八月吉日(1683)銘がある。隣は角柱で正面に「庚申供養」の文字、下部の猿は同じように中央を向いている。あとの三基のうち青面金剛は一基で他は文字塔。江戸の初期から後期までバランスよく配置されている。

 


 

4.八幡神社 横浜市栄区鍛冶ヶ谷1-13-24 

 

 神社の先にある元大橋2丁目北側の信号を左折し、600mで鎌倉街道に出る。左に行きすぐの鍛冶ヶ谷バス停信号を左折し二本目の細い路地を左へ登ると八幡神社がある。拝殿の西側に応神天皇とおもわれる人物が彫刻されている。左の階段途中に10基の石仏があり、うち8基が庚申塔。これは阿弥陀如来で下部に三猿がある。「奉寄進庚申供養」「寛文八戊申年二月吉日」(1668)で本郷最古の庚申塔である。他は青面金剛が一基、文字塔が7基で草書体のものや「猿田彦大神」などもある。

 


 

5.正翁寺 横浜市栄区鍛冶ヶ谷2-9-10 

 

 鎌倉街道に戻り左折、200Y字路の角コーヒー屋のところを右に行く、左にトミヤ米店前を右へ200mで左に正翁寺がある。曹洞宗で戦国時代に伊勢(三重県)から本郷に移り住んだ大谷氏の開山と伝えられる。参道右の広場に祠があり、この薬師如来坐像が安置されている。舟型の上部に薬師如来の種子バイ、薬師は右手が施無畏印で左手に薬壷を置く。碑面に明暦二年五月十五日(1656)銘がある。最初の永林寺にも薬師があり本郷は薬師信仰が盛んだったのであろうか。

 

 

6.春日社 横浜市栄区小菅ヶ谷3-57-17 

 

 正翁寺の北に西公園があり、そこからJR根岸線のガードを潜り、左折しバス通りを右に行くと春日社に行く。

 

平安期の荘園領主、山内首藤家によって創建。小田原北条氏の家臣で公田を領した宇部市が再建したと伝えられる。入口の鳥居の横に庚申塔が二基ある。右の合掌六臂青面金剛はシンプルな容姿だが、下部の三猿は左右が中央を向き片手でせざるが面白い。正徳三癸巳年十一月吉日(1713)銘。左は万延元年(1860)の文字庚申塔。

 


 

 階段を上がった左に石祠、石仏が並んでいる。ここは真言宗の龍光院跡で、元は春日社の別当寺であった。不動信仰が盛んだったそうで、不動明王が三基並んでいる。一番左の不動は清滝不動で光背に赤い彩色がまだ残っており、背景の岩は滝の様子を現している。文化九壬申年十一月吉日(18129銘。

 

 元の道に戻って進めば500mほどで本郷台駅近くの市民プラザ裏に行ける。