横浜市港北区大倉山駅~綱島駅の石仏

 

1.永昌寺 横浜市港北区師岡町99 

 

 東急東横線大倉山駅東口下車、駅前の大倉山エルム通りを東へ進み綱島街道を直進すると環状2号線の区役所前信号がある。2号線を左折し次の師岡町会館前信号を右折するが道が2本あり先の道を行く。師岡町公園横の坂を上がり、下るとT字路になるので左折すると200mで左に永昌寺がある。入口の階段を上がると右に石仏が並んでいる。左の舟型の地蔵立像は下部に三猿があり碑面に「奉建立庚申供養」とある地蔵庚申塔。宝永三戌天一月吉日(1706)銘。右は享保十年(1730)建立の合掌六臂の青面金剛像。隣にちょうどぼけの花が咲いていた。他に聖観音、地神塔、巡拝塔などがある。

 


 

2.いの池弁天社 横浜市港北区師岡町1169

 

 環状2号線の師岡町会館前信号まで戻り鶴見方面に150mほど行きローソン手前のY字路を左折。200mで右の路傍に庚申塔と祠内に大きな丸彫の地蔵がある。その先の突き当りを左折すると200mで左にいの池弁天社、右に師岡熊野神社がある。市指定史跡で8月に水神祭、正月に水口祭と農耕にからんだ行事が行われる。池の中央にある祠に八臂の弁財天坐像が鎮座する。白いカビが碑面を覆っていて持物など判別が難しい。向かいの熊野神社にのの池、近くの公園にちの池があったそうで合わせていのちの池として、水とのつながりの伝承を残している。

 


 

3.師岡熊野神社 横浜市師岡町1139 

 

 歴史のある神社で平安後期の天暦三年(949)から伝わる筒粥神事は市指定無形文化財である。筒の中に入っている米粒の数で作柄、豊凶、天候を占う行事。写真右の馬頭観音坐像は三面六臂で三面の異なる表情が魅力的である。台石正面に「西国秩父坂東供養塔」とあり左右面に「東 熊野五社大権現道」「右 神奈川道 左いなげ道」と道標も兼ねている。左の庚申塔は青面金剛合掌六臂で正徳四年(1714)銘。他には地神塔と社殿裏の笠付角柱に「御嶽社 道祖神」を併記した石塔や真中に子狐を挟んだ親狐の丸彫などがある。

 

 

 


 

4.諏訪神社 横浜市港北区綱島東2-10-1 

 

 神社前を西へ行くとすぐに綱島街道に突き当たる。綱島方面へ向かうと大曾根信号手前右路傍に双体道祖神と小屋の中に庚申塔が二基ある。大曾根信号から800mで鶴見川を渡り500mで右に諏訪神社の参道がある。

 

綱島街道沿いは裏で正面の鳥居は東側にある。鳥居の横に道祖神の文字塔と地神塔があり、その並び30mの路傍に青面金剛像がある。この諏訪神社は甲州武田氏の家臣が慶長十年頃に諏訪明神を勧請したとある。ここには鶴見の名工と言われる飯嶋吉六の作品が沢山残されている。鳥居と扁額、石段親柱、常夜塔、狛犬、手水鉢などで写真は天保十年(1839)建立の常夜塔を掲載した。

 


 

5.陽林寺 横浜市港北区綱島台1-18 

 

 綱島街道に戻り少し引き返すとすぐにニッポンレッタカーがある向かいの小道を長福寺方面に進みすぐ左に行くと東横線を越える歩道がある。線路を越えて細い道なりに行くと突き当たる。右に行くと綱島公園の西側で300mほど行くと陽林寺が右にある。入口の階段左右に地蔵立像と不動明王坐像があり、境内に写真の石仏が並んでいる。左の舟型地蔵立像は寛文元年(1660)銘だが墓塔らしい。左手に未開敷蓮華を持つ聖観音は「奉納百□礼為供養佛 奉建立之者也」「寛文三癸卯年十月日」(1663)奥ゆかしい雰囲気が漂っている。右の子育観音は台座に百番巡礼供養塔とある。

 


 

6.来迎寺跡 横浜市港北区綱島台14-24 

 

 陽林寺を30m戻ると変則四差路があり、角に覆屋の中に青面金剛、道祖神と地神塔の文字塔がある。その前を西に500m行くと県道106号の交差点で右に300m交差点の東に来迎寺跡がある。廃屋のような広場に石仏が散在する。注目は柄香炉を両手で持つ正徳太子立像で下部に三猿がある庚申塔でもある。元禄五壬申年正月吉日(1692)銘で関東地区でも数基しか見当たらないそうである。他には徳本名号塔、青面金剛庚申塔、天地神祇塔、歳神塔など色々と並んでいる。

 


 

7.東照寺 横浜市港北区綱島西13-15 

 

 県道106号線を引返し600m交差点で左折すると200mで東照寺がある。参道に青面金剛庚申塔と丸彫の地蔵立像があり、奥の境内右にこの如意輪観音がある。台石が一葉観音のような笹舟状になっている。基壇に「観音講石坂敷石供養塔」「文化元甲子歳七月建立」(1804)とある。道なりに200mほど行けば綱島駅になる。