横浜市港南区の石仏

 

1..唱導寺 港南区日野中央1-6 

 

 地下鉄ブルーラインの上永谷駅か港南中央駅から同じような距離で鎌倉街道に面した日蓮宗の寺院。お寺は坂を少し登るが、石仏は道路沿いある。赤い帽子と着物を掛けられて六地蔵と少し大きめの地蔵一体が並んでいる。左端の大きな地蔵は着物を取ると左上に「庚申」とあり、台石にも三猿が並ぶ庚申塔。延宝八年仲冬上旬(1680)の紀年銘。

 


 

2.光明寺 港南区日野7-19 

 

 日野川沿いの旧鎌倉街道西側にある高野山真言宗の寺院。高野山の僧慶秀が開いたと伝えられている。門前は草花で整えられ、その間に石仏が置かれている。丸彫の地蔵立像二基と庚申塔二基がある。写真の庚申塔は阿弥陀如来で台石に三猿のある庚申塔です。紀年銘は貞享四丁卯十一月廿三日(1687)と江戸初期の造立で区内でも初期の庚申塔です。もう一基は六臂の青面金剛で安永九年(1780)の標準的な像容です。

 

 

 


 

3.春日神社 港南区日野中央2-9 

 

 日野四村の総鎮守。権現造りの社殿は安房国千倉の名工後藤利兵衛義光が何年も住み込んで彫った見事な彫刻で嘉永七年に完成したもの。石仏は階段下に並んでいる。右側の庚申塔は延宝八年(1680)銘。中央の角柱は梵字で大日如来の真言「アビラウンケン」と奉供養光明真言 講中 天保十二年一月吉旦日(1841)とある供養塔。左は不動明王坐像で光背の迦楼羅の嘴がはっきりしているが年代は不明である。階段の右に六地蔵と再建された庚申塔、享保十年(1723)の青面金剛などもある。

 

 

 


 

4.浄岸寺跡 港南区日野8-6 

 

 鎌倉街道の清水橋交差点の東側道路沿いにあるが寺院跡とは思えない狭い一角にある。八体地蔵と庚申塔群とは場所が少しだけ離れている。合掌六臂の青面金剛で「奉供養青面金剛 元禄十三庚辰天十二月二日」(1700)銘。青面金剛はちょこんとくるまった邪鬼に乗り、三猿は身体だけ中央に向き顔は前を向いている。もう一基の庚申塔は風化が進んで像容がはっきりしない。その他に角柱で文字の庚申塔が二基ある。台石に武州久良岐郡金井村講中十一名の名前と石工材木座定右エ門とある。

 

 

 


 

5.日野路傍 港南区日野9-5 

 

 清水橋の交差点から鎌倉街道をさらに西へ行くと金井の信号の先、右側の小さな小屋に庚申塔が一基だけ安置されている。旧金井村で飢饉があった時に供養のためにたてられたと言われているそうです。銘文は「奉造立庚申供養塔 天和二壬戌年十一月吉日」(1682)で、カビなどの付着がまったくなくきれいな保存状態です。三猿は浄岸寺跡の庚申塔とそっくりな形である。

 


 

6.港南台共同墓地 港南区港南台2-18 

 

 港南台第三小学校の北に四ツ切公園があり、その公園の西側にある墓地です。昭和44年~49年にかけて大規模な宅地造成開発がされ、地域一帯にあった石仏群が集められたもので、鎌倉に隣接し中世の歴史の痕跡が残されています。右の庚申塔は上部に阿弥陀坐像を浮彫し、猿が三面に配されている。「奉造立庚申供養二世安楽 元禄五年七月吉日」(1692)。左は青面金剛ですが、道標を兼ねています。「これより右かまくら 左ぐめうし」とある寛政七年(1795)銘。他に庚申塔が数基と舟型の馬頭観音坐像は火焔のような髪の形や温和な尊顔が印象的である。

 


 

7.小原家墓地 港南区港南台8-14-24 

 

 港南台共同墓地から歩くと2キロあります。環状3号線日野峰交差点の南側、登り坂の途中を右に曲がったところにあります。墓地の中央付近に笠付角柱で正面に南無阿弥陀仏と書かれ、右面に「奉造立庚申供養塔」とある。笠の頂部に一匹の猿がうつ伏せになっており、右手は桃を掴んでいる珍しい庚申塔で、元禄十四年(1701)の建立。この石仏の右2つ目の墓地には墓塔に煙草入れと馬を浮彫した墓石がある。明治十六年俗名〇〇〇とありタバコが好きな馬主だったのでしょうか。ここからJR洋光台駅まで2キロで上大岡駅方面にはバスが沢山ある。すべて歩くと9キロ、港南台墓地から洋光台駅へ直行すると6キロくらいです。