横浜市金沢区金沢文庫駅周辺の石仏

 

1.谷津路傍 横浜市金沢区谷津町229 

 

 京急金沢文庫駅を下車、16号線を横浜方面に行き、京急の最初の踏切を渡る。六国峠ハイキングコース方面に進むと入口の道路右手に庚申塔が三基並んでいる。右の駒型は少し風化が進んでいるが青面金剛の上手持物が数珠と金剛鈷で変わっている。邪鬼は胡坐で両肩に青面金剛の足があり、三猿も片手で押える所作が面白い。享保十年(1725)銘。中央の笠付は貞享四壬卯天十二月十五日(1687)建立で三猿が三面にあり、特に左右面が片手猿でこれも面白い。

 


 

2.釜利谷東崖下 金沢区釜利谷東4-7-2 

 

 路傍から道なりに進み浅間神社を通り越してバス道にでる。西に500m行くと釜利谷交差点で角にセブンイレブンがあり北へ150mの道路沿い崖下に石仏が七基並んでいる。右は阿弥陀立像で三猿があり、「奉納庚申供養」とある庚申塔。上部の石が欠けて紀年銘がはっきりせず「□□申十一月吉日」である。左の聖観音立像も三猿があり銘文に「庚申供養」とある。寛文十二壬子年十一月吉日(1672)。他に地蔵庚申、阿弥陀などもある。

 


 

3.夏山バス停 金沢区釜利谷東5-19 

 

崖下から釜利谷交差点に戻り笹下釜利谷道路を西へ500m宮ケ谷信号を西へ行く。夏山橋を過ぎると登坂となり150m坂の途中引っ込んだ右に石仏がある。写真中央が青面金剛剣人六臂で二童子が向き合う形である。「奉造立庚申供養二世安楽」「寛文十一亥十一月吉日」(1671)銘。右の舟型は合掌なので勢至菩薩であろう。「釜利谷北谷津村」とある寛政二年(1790)の建立。他に阿弥陀立像で「寒念佛」の銘がある石仏が三基と馬頭観音立像で「寒念佛」銘が一基。これらはすべて元文から安永の江戸中期の建立。

 


 

4.満蔵院 金沢区釜利谷東6-24-10 

 

 坂を下り元の宮ケ谷方面に戻り、宮ケ谷信号手前を南へ行くと満蔵院がある。左の駐車場へ行く途中右側に庚申塔が二基ある。右の角柱は日月「庚申供養塔」とある天保四癸巳年二月吉日(1833)。左側は笠付で合掌六臂の青面金剛。頭髪が左右ふたつに分かれ、まん丸い眼、とがらせた口などユーモラスな像容だ。安永十年らしいがはっきりしない。

 


 

5.千子神社 金沢区釜利谷南1-1 

 

 満蔵院から宮ケ谷交差点に戻り文庫駅方面に500m釜利谷交番前信号を右折、最初の信号を左折すると突き当りに神社の参道が見える。橋を渡ると参道沿いに庚申塔を主体に十数基の石仏が並ぶ。写真は一番手前の二基で青面金剛はどちらも合掌六臂であるが、持物が少し変わっている。左は法輪と宝棒、弓矢であり、右側は宝棒と三鈷杵、羂索と不明である。それと三猿が両方とも外側の猿が中央を向く横向き姿で、この形はこの周辺に多い。左が享保二年(1717)、右が元禄五年(1692)の青面金剛全盛期の石仏である。他に文字塔を含めた庚申塔と馬頭観音があり、階段を上った本殿前に火袋がなくなった一対の庚申燈籠、親子の狛犬がある。

 


 

6.薬王寺 金沢区寺前2-23-52 

 

 金沢文庫駅に戻り、案内板に沿って称名寺へ向かう。赤門の向かいが薬王寺。本堂の裏に無縁塔群とその横に石仏が並んでいる。無縁塔群の下段に並んでいる写真の石仏群は、よく見ると墓塔ではなく供養塔である。右端の聖観音は「奉造聖観音為□…延宝六午年二月四日」(1678)、二番目の地蔵は「奉造修地蔵…」などとある。また無縁塔の横にある笠付の文字庚申塔は左面に「百庚申講中」と書かれており、その横にある聖観音丸彫立像も彫が良い。

 


 

7.称名寺 金沢区金沢町212-1

 

 称名寺は広く金沢八景といわれ金沢文庫や市民の森などのある散策地である。赤門から参道を進むと左側の墓地入口に庚申塔などの石仏がある。池を渡ると本堂があり、その左に市民の森へ続く坂道の階段を120段登ると西国三十三観音がある。昭和十年(1935)の建立のため保存状態が良い。角柱を深く彫り窪めて浮彫され、どのお顔も優しい表情である。広い境内のあちこちに石仏が散在しており、墓地にも弥勒菩薩などが見られる。

 


 

8.熊野神社 金沢区柴町266-9 

 

 せっかくなので少し足を延ばしてもう一カ所。赤門を東へ行き、文庫小入口の信号を直進600mで柴隧道がある。トンネルを潜ってすぐの小道を右折、熊野神社の崖下に洞を設け庚申塔が安置してある。青面金剛は剣人六臂で、頭髪は二つに分かれ、その間に精悍な動物らしき顔がある。また邪鬼の顔の右下に子邪鬼のような顔が見える。遊び心が溢れており紀年銘は元文元丙辰天十一月吉日(1736)。ここから金沢文庫駅ままでは距離がある。