群馬県みなかみ町の石仏

 

1.牧野神社 みなかみ町下牧1189 

 

 石鳥居の先に石段があり、その先、赤い木の鳥居手前左右に三層塔が対をなしている。塔身下層に二鶏と礼拝型で向き合った二猿が浮彫された庚申塔でもある。銘文は読めそうにないが地元の資料によれば寛文十年(1670)の建立とある。どっしきりした相輪を含め全体に保存状態が良く保たれている。群馬県は石祠、層塔、宝篋印塔などに二鶏、二猿が彫られた庚申塔が多い。今回この欄でいくつか紹介する。

 


 

2.玉泉寺 みなかみ町下牧2391 

 

 曹洞宗のお寺で東国花の寺百ケ寺のひつ。萩の咲く花寺として有名だという。寺域が広く石仏も周辺に沢山ある。まず入口右の墓地前にある双体道祖神は向かい合って手を取り合っている。その隣には女神風の馬頭観音がある。そして参道両脇に結界石が立つ。左側は町指定文化財の立て札がある。角柱の正面に「禁藝術賣売」右面「普同会法華書写供養塔」裏面「宝暦十庚辰結制當十八世叟代」(1760)とあり。右側には「不許葷酒入門内」がある。旅芸人などの立ち入りを禁じた珍しい結界石で十八世住職の建立である。

 


 

 その先に丸彫の地蔵坐像や笠付文字の三猿庚申塔や二十三夜石塔などが並んでいる。境内には宝篋印塔と閻魔、奪衣婆が向かい合っている。この奪衣婆は口を開き、歯を見せて笑っているようだ。貧相な乳房が面白く田舎のおばあさんといった雰囲気が出ている。「奉造立橋供養像一尊 元禄五壬申三月吉祥日」(1692)の銘文がある。

 

 墓地の奥にある石仏群の中にも珍しい像容がある。

 


 

3.龍谷寺 みなかみ町師1668 

 

 臨済宗の寺院でここも入口に閻魔と奪衣婆が待ち構えている。どちらも地獄に相応しい恐ろしい形相をしており、特に閻魔王は威厳に満ちている。安永七年(1778)の建立。周辺には六地蔵、地蔵、如意輪観音などの石仏群があちこちに並んでいる。

 


 

4.真庭真教寺跡 みなかみ町真庭27-1

 

 お寺は廃寺になったようで建物はなく墓地だけが残されている。隣に熊野神社があるのでそこを目印にした方が良い。元は参道だったと思われる小道の両側に五層塔が残されている。各層の塔身に彫刻がなされている。最下段は向き合って手を合わせ拝する二猿。下から二段目に二鶏、三段目は華瓶、そして月輪、日輪となっている。

 

 文字が書かれているのは分かるが判読には拓本が必要である。地元の資料には明暦三年八月廿八日(1657)の建立とある。

 


 

5.中村天満宮 みなかみ町上津2730 

 

 菅原道真公を祀っている。舞殿は舞台上に木枠と円軌道の二重に組み合わせで中心を回転軸で貫く廻り舞台であり町指定文化財。江戸中期には村芝居として素人歌舞伎がはやったそうです。石仏は双体道祖神が三基と、文字の道祖神二基。そしてこの日輪道祖神と書かれた道祖神群である。台座が雲になっており、その上に日輪が乗っている。

 


 

6.如意寺 みなかみ町上津2578 

 

 名胡桃城主三郎景春の姉、如意姫が開基とされている。まず入口に結界石があり、次は万治二年(1659)の庚申五層塔がある。二猿、二鶏、蓮華が浮彫されている。その隣に閻魔と奪衣婆。さらに進むと如意輪観音と六地蔵石幢。そしてこの庚申宝篋印塔一対がある。上段塔身には「宝篋印塔」の文字。下段塔身には銘文で「奉修塔庚申供養 元文五庚申十一月吉祥日」(1740)とある。また町指定の謙信供養塔や信州石工作の宝篋印塔などもある。