群馬県板倉町北西部の石仏

 

1.実相寺 板倉町板倉1678 

 

 板倉町役場の近くで国道354号線の南にある。山門を入ると参道右側に石仏が並んでおり、本堂と駐車場はその先の右側にある。十四基の石仏・石塔が一列に並ぶが写真は最初の四基。地蔵は「念佛供養」とあり享保五庚子年(1720)建立。次の角柱の文字庚申塔は台座の三猿が烏帽子を被り踊っているようで面白い。寛政十二年(1800)の庚申年建立。左の駒型青面金剛は合掌六臂で口を閉じて難しそうなお顔である。これも元文五庚申年十月吉日(1740)。他には如意輪観音を浮彫した十九夜塔、光明真言塔、十六羅漢などがある。

 


 

2.雲間墓地 板倉町板倉 

 

 板倉町役場の道路向かい西側にあるので、役場に駐車し歩いて行ける。墓地を入ると左側にコンクリートの基壇を設えた上に石仏・石塔が十数基並んでいる。墓石が大部分だが、左から三番目に写真の庚申塔がある。

 

青面金剛はいたずらぽい顔で、六臂は合掌というより腹前で組んでいる。また胸にペンダントをぶら下げているのはユニークだ。中央で切断したのを継いである。「奉造立□志供養」延宝七己未天十一月(1679)の銘がある。他に角柱の文字庚申塔が二基ある。

 


 

3.個人宅I家浅間社 板倉町板倉(石塚) 

 

 旧家で庭の一角に富士塚のように小さな山を築き富士浅間に似せている。周辺に富士講関連の石塔・石神が十基ほど並んでいる。以前はもっとあったが整理して今の形になったそうです。写真は霊符尊神と抱卦童子、示卦童郎の三神である。霊符とは星座を象った呪符を指し、さまざまな霊符が日常生活を律する信仰儀礼としてもちいられこれが霊符尊として神格化された。富士信仰の指導者が発行した御影にもとずく造像と見られる。裏面には「妙見大菩薩」の銘があり文久二戌年六月(1862)の建立。他に木花開耶姫像が二基、不動明王、線刻の猿田彦など珍しい石仏・石神に巡り会える。

 


 

4.岩田区民会館 板倉町岩田2290 

 

 板倉町役場から354号線を西の館林IC方面に進むと右にパチンコ店JP-7がある。その北側に区民会館がある。広場の西端に総高3m近くある丸彫の将軍地蔵が置かれている。馬に跨り左手に宝珠を持ち、右手は錫杖が持てるよう指を輪にしている。頭には兜ではなく頭巾のようなものを被っている。三段の基礎の上にある台石四面には子供、鳥、笹の葉などが浮彫されている。町指定文化財で銘は「奉造立勝軍大地蔵菩薩今世後世…」享保十二年六月廿四日(1727)。石造の勝軍地蔵は町に二基ありどちらも町指定文化財である。

 


 

5.安勝寺 板倉町籾谷1659 

 

 館林ICの北東1kmで館林市との境界近くガソリンスタンドの裏にある。真言宗豊山派で入口に「ボケ封じ

 

安楽往生 亀の子ぽっくり地蔵」の看板がある。山門を入るとすぐ左に丸彫の如意輪観音が四基並び台石に「十九夜」とある。本堂前には聖観音立像と角柱の文字庚申塔。萬霊塔の前に宝篋印塔とこの青面金剛がある。舟型の頂部に地蔵を表す種子イーが刻まれている。合掌で日月を捧げ、宝剣と羂索を持っている。邪鬼、二鶏がなくシンプル。銘は「奉造立石塔一基 延宝三乙卯天十一月吉日」(1674)。

 


 

6.浄蓮寺 板倉町大曲1066 

 

 安勝寺の北東3kmにある。境内左に無縁塔群があり、その奥に屋根を設えた下に八基の石仏・石塔がある。町指定の文化財である双体道祖神と十仏種子板碑の二基の解説板が大きく目につく。邑楽・館林地区では双体道祖神は三基しかないとのこと。向かって左の男神が銚子を持ち、右の女神が盃を持つ祝言像。「大曲村施主子供中」とありドンド焼をする事例から子供の健康を願ったものである。他に青面金剛庚申塔、文字庚申塔二基、十九夜塔二基などがある。

 

 

 


 

7.花蔵院 板倉町川除397 

 

 板倉町の北部で栃木県との県境になる渡良瀬川の南にある。入口左右に十九夜塔があり、隣に首のない六地蔵が哀れに並ぶ。山門までの短い参道両側に十数基の石仏がある。十九夜塔と庚申塔が中心。写真はその十九夜塔三基を掲載。どれも上部に如意輪観音が浮彫され、下部に「十九夜」の銘があり江戸中期と後期の建立。この地区に十九夜塔が多いのは養蚕が盛んだったころ女性の貢献度が大きかった名残だろうか。他に庚申塔が四基、不動明王、馬頭観音の文字塔などがある。

 


 

8.大荷場住民センター 板倉町大荷場665 

 

 県道373号線の細谷から大曲へ向かう道の北、途中に案内板が立っている。ここの石塔・石仏は地区の人々によって先祖の遺産を守るため整備されたという記念碑が立っている。全部で十数基並び、やはり十九夜塔と庚申塔が中心だが馬頭観音を掲載する。宝冠の中央に宝馬を載せ合掌するが、衣が翻るような形でなくシンプル。寛政四壬子天十一月吉日(1792)、施主大荷場村中の銘がある。他には安永六年(1777)の宝篋印塔、二童子が付いた青面金剛、阿弥陀坐像などがある。