群馬県板倉町東南部の石仏


 

1.大久保農村公園・観音堂 板倉町大高島大久保下 

 

 板倉町の南は利根川を境に埼玉県と接している。その利根川近くに公園と観音堂がある。観音堂を囲むように九基の石仏・石塔が並んでいる。右は明治十六年(1883)建立の普門品供養塔、次は合掌六臂の青面金剛庚申塔。三猿と二鶏のある一般的な像容で「奉造立青面金剛二世安楽也 宝永三丙戊歳二月日」(1706)銘。左は首がない地蔵がここにもある。明治の廃仏毀釈の影響なのだろうか。他に文字庚申塔が二基、十九夜塔、不動明王、五輪塔などがある。

 


 

2.地蔵院 板倉町飯野1890 

 

 大久保集落の北西、県道369号線「飯野」信号の西に地蔵院前のバス停がある。境内の西側に12基の石造物がきちんと整理され並んでいる。地蔵、出羽三山塔、法華萬部供養塔、十九夜塔など色々な種類がある。そこから庚申塔を載せる。合掌六臂の青面金剛は左右に二童子を従えている。台石には御幣を持って向き合う二猿が面白い。これも建立が元文五庚申十月吉日(1740)の庚申年である。

 


 

3.南小学校北墓地 板倉町大高島1696 

 

 地蔵院から369号線を東に1500m行くと南小学校がある。その北側に墓地がある。墓地入口左に丸彫の地蔵立像と、この笠付角柱がある。これは四面に浅浮彫で刻像があり、どこが正面かはっきりしない。多分上部に胎蔵界大日如来坐像、下部に薬師如来立像がある面が正面であろう。太陽の光線から写真は左面の聖観音立像にする。他の面は釈迦と阿弥陀ではと見た。銘文は「上州國館林領高島村 寛文十庚戌年二月」(1869)。苔やカニもなく綺麗に保たたれており、一見の価値がある。

 


 

4.長良神社 板倉町高島522 

 

 南小学校からさらに東へ1km信号の角に川田酒店があるところを北へ新八間樋橋手前を右折すると小さなお堂がある。町で立てた説明板には板倉町大字下五箇字丸谷とある。町指定の勝軍地蔵で甲冑を付け錫杖と宝珠を持ち馬に跨っている。以前は谷田川の河川敷にあり河川の増水時には流れる恐れがあり、これを心配して地区の人々が今の場所に移したそうです。銘は「元禄十二己卯歳十一月廿四日」(1699)施主丸谷村中」とある。こ神社の南西部にある墓地には如意輪観音刻像の十九夜塔が五基ある。

 


 

5.長良神社(中新田集会所)板倉町中新田 

 

 (4)の長良神社から北へ新八間樋橋を渡ると354号線になるので西へ行くとすぐ「小保呂」信号がある。これを右折し2本目の小道を左折すると長良神社と中新田集会所が隣り合っている。ここも十九夜塔と庚申塔が多い。この角柱は上部に如意輪観音を浮彫し「十九夜」とある。天保十一庚子年十二月吉日(1840)銘。台石に「女人講中五十九人」とあり、講の参加者の多さにびっくりする。

 


 

6.共盛コミュニティセンター 板倉町海老瀬山口 

 

 東漸寺墓地の北側にある。墓地との境界に石仏が並ぶ。これは板駒型の庚申塔で、これも合掌六臂の青面金。、三眼で頭上に大きな蛇がトグロを巻いている。鶏は線刻で、三猿は中央を向いている。銘は「上州邑楽郡海老瀬郷 正徳三癸巳霜月吉日」(1713

 


 

7.正明寺 板倉町海老瀬7369 

 

 山門のすぐ後ろ左右に二基づつ石仏が安置されている。この青面金剛庚申塔は剣人六臂。頭上に大きな蛇がトグロを巻き、三眼でスタイルが良い。二童子、二鶏、三猿がある典型的な江戸中期の庚申塔である。紀年銘は「元文二丁酉天九月吉日」(1737)他には地蔵坐像、阿弥陀立像、光明真言塔などがある。