群馬県甘楽町の石仏

 

1.釈迦堂 甘楽町造石字北口73 

 

 県指定史跡で法華経の読経や写経に関連した大規模な法華経供養遺跡にある。 地蔵は細川幽斎の縁者が造立したといわれる。約3mの半跏倚座で背面に元和元年(1623)の銘があるとのこと。丈六で組み石造りの本尊。江戸初期における当地の法華経信仰を物語っている。周辺には江戸初期の宝塔、燈籠、念佛供養塔、家型石塔などがある。

 



 

2.観音堂 甘楽町庭谷 

 

 釈迦堂から北西に約500m「相の森公園」の先に小さなお堂があり、周辺に石仏が散在している。三角形の中央にこの六地蔵石幢庚申塔がある。龕部に六地蔵、中台に二鶏、二猿、幢身に銘文があり「元禄」は読めたが他は読めなかった。他には自然石で雲に乗る祝言像の双体道祖神(文政十二年1830)や如意輪観音、文字の庚申塔などがある。

 


 

3.如来堂 甘楽町大庭谷644 

 

 観音堂の北西約150mに慶恩寺と庭谷集会所があり、その北に如来堂が連なっている。覆屋に大型の五輪塔が六基並んでいる。町指定文化財でこの地の豪族庭屋氏の遺品と見られている。南北朝の争乱のころの紀年銘があり、北朝の年号である観応が用いられ、この地方が北朝方の勢力圏だったことが分る。周辺には大型の常夜灯、青面金剛庚申塔、名号塔などもある。

 


 

4.塩薬師 富岡市塩畑堂 

 

 庭谷地区の北に鏑川が流れ隣の富岡市との境界となっている。富岡市だが面白いので紹介する。塩畑堂橋を渡るとすぐ左に塩薬師がある。五段の基壇で基壇三面にびっしりと薬師像が並び総計百基ある。入口に小野小町祈願所とあり、伝承によると小野小町が故郷の出羽へ帰る途中、この近くで病にかかり旅を続けられず庵を建てて治療と仏道に励んだ。本尊の不動明王がこの石薬師に千日の願をせよとのお告げがあり、満願で病が治まり塩を供えお礼とし、旅を続けた。それ以来、信仰が続いているそうです。

 


 

5.宝泉寺 甘楽町小幡349-1 

 

 このあとは町役場の南にある小幡地区を廻る。197号線から西へお寺へ入る途中に小堂があり五体の石仏が納まっている。右の二体は町指定文化財で右手は上げて開いた施無畏印、左手は胸前に薬壷を乗せる薬師如来。南北朝から室町期の作とみられている。左の如意輪観音二体は江戸期のようだ。境内にも月待供養の六地蔵石幢や宝篋印塔などがある。

 

 

6.長厳寺 甘楽町小幡1926 

 

 お寺の右に山へ登る道があり、清心の道と無心の道がある。どちらも三十三観音が並んでいるが200m先に六尺観音と呼ばれる磨崖仏がある。大岩に螺髪の如来の尊顔が彫られているが、お顔のみで身体は彫られておらず岸壁が胴体のようである。近代の作品であろうが、説明がなくはっきりしない。この道の先には石舞台があり富岡製糸場の建設に使った石材を搬出した蓮石山である。

 


 

7.崇福寺 甘楽町小幡1416-1

 

 46号線の東に面した参道入口に町指定の「下馬」碑がある。これは後醍醐天皇直筆の勅額「大荘厳域」に対する崇敬との説明がある。境内の覆屋に三基の石仏があり、中央の聖観音坐像は町指定文化財。左手に未敷蓮華を持ち、右手は蓮華に添える。室町中期以降の中世の特色が見えるとある。右側は不動明王だが、左に宝珠を持つ菩薩の尊名は分からない。また墓地には旧領主の織田家七代の大型五輪塔などの墓もある。

 


 

8.城町下薬師堂 甘楽町小幡892-2 

 

 歴史民俗資料館の南400m当たり197号線を東へ20mほど入った路地にある。堂内には中世の石仏が三基と小石仏が周囲を囲んである。薬師如来が二基と地蔵である。古から信仰があり四月八日の祭禮には宵薬師といい夕方から夜間にかけて多くの参拝者で賑わうという。