藤沢市長後駅周辺の石仏

 

1.庚申堂 藤沢市高倉889 

 

 長後駅の北東に県道42号線(長後街道)があり、小田急の踏切から2つ目の信号を右折すると突き当りに赤い小さなお堂がある。大正11年に祠を建て、庚申堂と呼ばれるようになった。説明文には昭和55年の庚申年前年の915日に盛大なお祭りをしたそうです。お堂の中に二基の庚申塔が並ぶが、鍵が架かっており銘文は読めない。享保年間の建立と記載がある。角柱を楕円形に彫り窪めて浅く青面金剛を彫ってある。摩耗が進んでいて像容がはっきりしない。左の小さな青面金剛は剣人持ち六臂で三猿があり彫ははっきりしている。

 


 

2.高倉2167路傍 

 

 42号線を東へ長後小入口信号から500m新倉呉服店角を右折すると右の路傍に六臂の如意輪観音坐像と角柱がある。蓮華座に女性のみ15名の名前が記され女性念佛講の造塔である。延寳二乙卯歳九月吉日(1675)の銘があり、長く大事にされてきたことが分る。

 


 

3.恵母地蔵 藤沢市高倉983 

 

 先に進むと県道22号線と合流する、そのまま南へ300m七ツ木市民の家入口信号の道路脇に赤いマントを着せられたお地蔵さんが立つ。解説文には「明和45年頃飢饉が続き、ある朝、赤ん坊の泣き声がするので出てみると母親の乳房をまさぐって泣き。母はすでに息が絶えていました。江戸から逃れてきた母の母性愛を憐れんで地蔵様を作り恵母地蔵と名付けた。」とあり、向かい側の道路脇には道標を兼ねた二十三夜塔がある。

 


 

4.七ツ木神社 藤沢市高倉1128 

 

 七ツ木市民の家入口信号から東の細い田圃道を800mほど行くと右に七ツ木神社がる。以前は鯖明神と称していたが明治初年に七ツ木神社に改名した。境川、引地川周辺に点在する鯖神社の一社。鯖神社は源義朝(官職が左馬頭からきた)を祭神として祀り、旧七ツ木村の鎮守。写真の庚申塔は三猿がはっきりしているが銘文は摩滅が激しくて解読が出来ない。境内には文字の庚申塔二基、江戸時代から明治にかけての山岳信仰の石碑、養蚕関係の石塔などがある。

 


 

5.四辻稲荷大明神 藤沢市高倉277 

 

 七ツ木神社をさらに南へ400mほどで右に東勝寺がある。東勝寺の裏側を南西に行くと神社があり参道の左右に10基の石仏、石塔が横一列に並んでいる。像容があるのは右側に笠付角柱の青面金剛庚申塔二基で寛政十年(1798)と寛保二年(1742)、左側の端から二番目の双体道祖神は文政十二年(1829)の建立。男神、女神の区別がつかない稚拙な彫である。文字塔は秋葉大権現、猿田彦大神、二十三夜塔などである。

 


 

6.白山神社 藤沢市下土棚1065 

 

 稲荷大明神の近くに目ぼしい石仏が見当たらない。小田急の線路をかなり越えた下土棚になってしまった。

 

県道22号線の善然寺南にある。この庚申塔は笠が欠損しており、ほぞが残っている。剣人持ちの六臂だが外側の持物などは線刻に近く、全体に彫も稚拙だ。文政十亥年二月吉日(1827)の銘あり、庚申塔の繁栄期を過ぎた印しであろうか。