野県富士見町・原村の石仏

 

1.木之間観音堂 富士見町6572 

 

 集落の真ん中にあり、近くの公民館へ駐車できる。茅葺のお堂が観音堂で周囲を石仏・石塔が囲んでいる。この双体道祖神は大きな岩の上に乗っているが不安定で少し傾いている。手握りのおとなしい像容である。昔はこのあたりの道が伊那からの石堂越えで助小屋でもあったそうである。その後は金沢街道が開き、観音堂となった。お堂の裏にある燈籠型六地蔵石幢は貞和元年(1545)の銘があり、観音堂の由緒が刻まれている。また「再建之為庚申神供養奉建立 旦那惣村中」とある庚申供養塔でもある。

 


 

2.若宮集落入口路傍 富士見町若宮 

 

 集落入口の三差路の一角に石造物がまとまっている。中央に石祠というより石殿というように立派な形は道祖神で中に小さな石仏が納まっている。その下には幕を張ったような形の双体道祖神である。質素な衣装は素朴でお互いに握る手も控えめで恥ずかしそうである。寛政四年(1792)の建立。また手前にある幟立ては上り竜の見事な彫りで石工名取政右衛門信明とあり天保三年龍集壬辰孟春(1832)の紀年銘がある。

 


 

3.若宮観音堂 富士見町富士見8226 

 

 この観音堂も茅葺で集落の皆さんが管理をされている。本堂の右手、石垣の上に石仏が並んでいる。左から宝永七年(1710)の六地蔵石幢、丸彫の大日如来坐像、文化八年(1811)の舟型馬頭観音二臂像、自然石に「奉巡礼四国西国秩父坂東供養塔」、右端が天明二年(1782)の三面馬頭観音坐像である。他にもいろいろな石仏が周辺に置かれているが、近在にあったものをまとめたのであろうか。

 


 

4.原の茶屋 富士見町富士見3107 

 

 富士見公園の東南300m変電所の近くにあるが分かり難い場所だ。「透関の馬頭観音」として町指定文化財である。ここは旧甲州街道の近くにあたり観音窪と呼ばれた地で、透関は当地出身、甲府に出て物産商を営んだ。この地の道路状況が悪く人馬の通行に難渋したため、弟たちと私財を投じて改修した。その改修記念にこの馬頭観音を天明元年(1781)に造立した。控え帳には七両二百九文の造立費用だったと記されている。

 


 

5.御射山神戸八幡神社 富士見町富士見10724 

 

 境内には樹齢300年で町指定天然記念物の欅の古木があり、本殿のまわりに石塔や石祠がたくさん並ぶ。集落から集めたもののようだ。大木の下にある自然石を枠取りして双体像が彫られている。その横には石殿があり

 

中に双体像が入ったものと、入ってないものがある。側面に松竹梅、台座に馬など豪華な彫刻が目を引くが、中に神官風の少しふくよかな姿の双体像が窓から垣間見える。

 


 

6.薬師堂前 原村中新田 

 

 県道17号線の中央高速入口信号の東100mにある。右の石殿型道祖神は「ケツアブリ道祖神」と呼ばれている。その理由は下側が竈のような作りで火が炊けるようになっている。ドンド焼きの時などは火を炊いたそうである。この石殿は明和七年(1769)に伊那の片倉村次郎兵衛が作料二両で作ったとある。もうひとつは自然石をくり抜き向かい合い手を取り合っている睦まじい双体道祖神である。

 


 

.深叢寺 原村中新田 

 

 県道17号線沿いで分ある。守屋貞治の作が二基あり、道路沿いに十三仏がある。二段の台石三面に十二仏が彫られ、台上の地蔵坐像を入れて十三仏。これは貞治55歳の作品といわれ力強さが感じられる。もうひとつは本堂手前の池周辺にある弁才天で、円光背を背負った八臂で優雅な姿を見せている。これは貞治の「石仏菩薩細工」に57番目の作品とされているものである。