長野県朝日村の石仏

 

1.旧血取場跡路傍 朝日村西洗馬 

 

 サラダ街道(292号線)薬師前バス停の北東200mくらい太陽光発電所横の路傍にある。馬の血取場跡だけに馬頭観音が林立している。前二列に像容のある馬頭が十数基、その後ろに元治二丑三月吉日(1865)銘の最も大きい自然石を中心に文字の馬頭が35基ほど並んでいる。中には「愛馬稲花号」と書かれたものもある。

 


 

2.光輪寺薬師堂 朝日村西洗馬796 

 

 真言宗高野山金剛峰寺高野山派のお寺で、薬師堂には木曽義仲ゆかりの桜がある。薬師堂を取り巻くように百観音石仏などたくさんの石仏がある。写真は坂東三十三観音で十七番は詩が書かれ、十八番と十九番は笑っているように見える千手観音で文久三年(1863)の建立とある。他にも不動明王、子安地蔵、石塔群などがある。

 


 

 薬師堂の周辺にも石仏が点在し地元の方が作成したのか看板が添えられている。薬師堂の山門南にこの不動明王と双体道祖神がある。説明には「昔この地方には道祖神盗みという習慣があり、これをご縁想とか嫁入りとも呼んでいた。裏面に“帯代五両”とあるのは結納金にあたるもので道祖神盗みを防いだと考えられている。」とあり弘化二年巳五月(1845)銘。不動は明治二十三年(1890)の建立。近くに文字庚申塔。山崎公園には蚕神、三峯山碑などがある。

 


 

3.子除沢バス停前路傍 朝日村西洗馬 

 

 薬師堂からバス停「薬師前」に戻り、西へ進み約500mで「子除沢」バス停があり左に石仏四基が並ぶ。手前は双体道祖神、酒器持ち手握像で明治廿二年四月十三日(1889)銘。その横は蚕神塔で明治十二年銘、それに線刻の青面金剛は二猿、二鶏の庚申塔で庚申年の昭和55年建立。どれも明治以降の比較的新しい石仏であるが像塔が継続されていることが分る。

 


 

4.本郷薬師堂 朝日村小野沢65-2 

 

 子除沢を先に進み約1キロ信号のない本郷口バス停の急坂を左折する。道案内のゴルフ場やスキー場入口の看板ある。700mで左に徳本名号塔などの石塔群があるところが薬師堂の入口である。青面金剛庚申塔は寛政十二庚申天七月建之(1800)銘で庚申年の建立。文字塔は「〇宿星庚申塔 当区講中 享保十五庚戌天七月八日(1730)銘。「宿星庚申塔」は長野県では時々見かける。他に西国三十三観音などもある。

 


 

5.熱田神社前 朝日村針生846 

 

 薬師堂をさらに西へ進むと右側に熱田神社があり石仏は南の道路沿いに並んでいる。徳本名号塔、二十三夜塔、庚申碑などの文字石塔が多いが、双体道祖神が二基ある。写真は酒器持ち手握像でおとなしい表情をしている。十二弁の菊と五三の桐紋を付けた豪華な意匠であり天保十四年(1848)銘。もうひとつの双体道祖神は向かって左の女神と思われるがは彫られておらず「彫かけの道祖神」と言われていて珍しい。したがって銘はない。

 

 

 


 

6.大石原道祖神場 朝日村大石原  

 

 熱田神社を先に進む県道292号線に合流し鎖川の大石橋手前。左に道祖神場がり石仏が並ぶ。ここも熱田神社前と同じように徳本名号塔、二十三夜塔などの石塔群がある。像容があるのは双体道祖神と庚申塔の三基。

 

写真は女神が跪坐し酒器を添える優しい表情である。明治二十六年十月日(1893)の紀年銘で大石原耕地中とあり、朝日村にある双体道祖神31基のひとつ。

 


 

7.古川寺入口 朝日村古見1146 

 

 大石橋を渡ると右に石仏群があるので、これもついでに見ておこう。そのあとは石仏前を東へ行くと古川寺方面の道標がある。寺への入口左に彩色した大きな双体道祖神が二基ある。裏面に造立の顛末が書かれており、正徳五年(1715)のものを弘化三年(1846)に再建したとある。彩色は最近のもので小学生が書いたように見える。

 


 

8.古川寺 朝日村古見1146 

 

 真言宗智山派だったが昭和28年に高野山金剛峰寺高野山派に変わった。文化財が多く、観音堂は県宝で木造の聖観音など村指定文化財も多い。山門手前に写真の閻魔、奪衣婆、如意輪観音が並んでいる。閻魔の恐ろしい表現が秀逸である。裏面に正徳六丙申天五月十六日(1716)銘。他に単制の六地蔵石幢(正徳五年)、不動明王、教善法師の一句が入る徳利型供養塔(文化十三年1816)などがある。