高崎市東部の石仏巡り(2)

1.正観寺 高崎市上中居町

 寺号塔の前に大きさや像容が異なる地蔵が五体と如意輪観音がある。墓地との境に六地蔵石幢が二基並んでいる。手前は適当に組合わせたようで、奥はシンプルな彫でどちらも年代は不明である。他に庚申層塔があり、一層目に二猿、二層目に元禄二天五月吉日(1689)の紀年銘。三層目に日月が彫られている。また扉上部に向き合う二猿を配した年代不明の庚申石宮などもある。

 

 

 


2.諏訪神社 高崎市倉賀野町

 何もなさそうな村の鎮守さんといった佇まいであるが、お堂の裏手に行くと、石祠と石塔が数基ある。二基の石祠は中央に文字がかすかに見える。「池鯉鮒神社」と書かれている。池鯉鮒大明神は珍しく、愛知県知立市にあり、江戸時代マムシ除けに霊験ありとされ信仰を集めたそうです。ひとつは嘉永三年(1850)、もうひとつは明治九年(1876)の銘がある。

 


3.閻魔堂 高崎市倉賀野町宿東分岐点

 中仙道がこのあたりで日光例幣使街道と分かれる。そこに道標と常夜灯がある。どちらも市指定文化財で道標は「従是右江戸道 左日光道 南無阿弥陀仏」とある。常夜灯は文化十一年甲戌正月十四日(1814)。基台に312名の寄進者があり、その中に雷電為衛門の名前があるとのこと。例幣使とは日光東照宮の旧暦414日の大祭に幣帛(神に捧げるもの)を供するために京都から派遣された勅使が通る街道のこと。堂の裏にも地蔵や庚申塔などの石仏がある。

 


4.九品寺 高崎市倉賀野町

 境内のブロック塀沿いに石仏がある。地蔵、如意輪観音、薬師如来坐像二基など。墓地への入口に五基の大振りな石仏が並んでいる。手前に聖観音立像。そして写真の阿弥陀如来立像と六地蔵石幢である。阿弥陀如来は上部に種子で三尊を彫り、延宝九辛酉天九月十三日(1681)。六地蔵は「念佛十万遍」とあり、これも延宝七年(1679)の造立である。どの石仏も苔やカビがなく保存状態が良いのは日頃からお参りされているからでしょうか。

 

 


4.養報寺 高崎市倉賀野町             山門前に一対の均整の取れた常夜灯がある。「御神燈」とあり、文化九壬申歳九月吉祥日(1812)の建立である。信州伊那郡荒町村石工伊藤勘之丞将顕とあり、高遠石工の作品が多く目につく。境内に入るとこれも整った宝篋印塔がどっしりと立っている。上部の塔身には種子で四方仏を、下部の塔身には偈頌が彫られている。これも石工信州伊那郡高遠領田中忠左衛門とあり宝暦十年(1729)の建立。

 

 

 


 覆屋に凝灰岩製の風化が進んだ五体の石仏がある。手前に市指定文化財の説明板があり、諏訪神社西の養報寺末寺である長賀寺にあったものを明治にここへ移したとある。右から地蔵(写真)、聖観音、大日如来、不明(釈迦?)、阿弥陀で推定鎌倉末期とある。土地の人々はこれらの石仏を木食五行上人の彫刻による五智如来と言い伝えているとのこと。

 

 

 


6.倉賀野神社 高崎市倉賀野町

 双体道祖神が数基あるが、メインは北向道祖神で、もともと倉賀野城跡に北向に祀られていたもので台座に「上町惣子供 施主大島三右衛門 文化二年乙丑正月吉日」(1805)と刻まれた袖中合掌の双体像である。写真の上段二体は年不明だが江戸期の建立であろう。下段の二体はごく最近ここに運ばれたと思われる新しい双体道祖神で時代の変遷を見るために取り上げた。なお、ここには庚申塔が数基。群馬県では珍しい五柱神名六角柱の地神塔。左右側面に猿を陽刻した石祠などもある。