三重県伊賀市の石仏

 

1.宝厳寺 伊賀市寺脇803 

 

 真言律宗の寺院。参道左手に石仏が並ぶ。中央の大きな地蔵立像は少し細長いお顔で斜めに長い錫杖を持っている。像の左右に「逆修順等 天文八年己亥三月吉日」(1561)の銘文がある。その横に五輪塔婆の石碑があり、両端には小さな十三仏塔がある。この十三仏塔は弘治三年(1557)の石塔が盗難にあいレプリカだそうです。頂部は如来か観音でその下、四段に地蔵が浮彫してある。境内には阿弥陀、弘法大師と天文十五年(1546)の長谷寺式十一面観音や役行者像などがある。

 


 

2.別府の十王 伊賀市別府 

 

 近鉄青山町駅の南東200m路傍の小屋の中に納まっている。看板には「足止め地蔵尊」とあるが横長の自然石に笠石を乗せ、閻魔を中心にして左右に十王が並んでいる。どれも丸顔であまり恐ろしい顔ではない。閻魔像の横に「元禄二年己巳三月十六日」(1684)の紀年銘がある。汚れが全くなく綺麗な状態で残されている。

 


 

3.清岸寺 伊賀市摺見1315 

 

 上野市指定文化財の阿弥陀三尊坐像石龕で奥壁に阿弥陀、左右の側石に観音と勢至菩薩がある。中尊は曲線で撫でやかな像容であり線彫の二重円光背がある。白いカビのようなものが全身を覆っており鎌倉後期の作品では致し方ないであろうか。石龕頂部に宝珠が乗り頑丈な堂宇型は立派である。

 


 

4.寺田路傍 伊賀市寺田676 

 

 毘沙門寺手前の五差路を東へ行くと途中まで広い舗装だが、そのあとは舗装が途切れる先の右にある。花崗岩の自然石に枠を取り三体の地蔵を浮彫してある。三体とも蓮華座に坐し錫杖と宝珠持つ。北向地蔵と呼ばれるのは大光寺参道に北向で安置されているためだという。周りは樹木で覆われており陽光が届かず撮影には暗い。

 

 

5.中ノ瀬大磨崖仏 伊賀市寺田163号線沿い 

 

 寺田橋の東1kmの服部川沿いにある。切り立った岩肌に右から梵字と地蔵、阿弥陀三尊、不動明王の順になっている。県指定の文化財で中央の阿弥陀立像は伊賀市の磨崖仏で最大である。石工は新大仏寺の創建に携わった宗人系石工の子孫によるものと考えられている。中尊のみ肉彫であとは線彫のため像容ははっきりしなのが残念である。

 


 

6.寺田地蔵堂 伊賀市寺田969 

 

 寺田市民会館の北西300m、清正寺の南西付近にあるお堂の中に安置されている。正方形に近い石材の中央に隅切の枠取をし錫杖と宝珠を持つ地蔵が蓮華座に坐している。線刻の二重円光背がり、像容は寺田路傍の北向地蔵とよく似ている。供華があり地元の信仰の篤いことが分かる。

 

 

 


 

7.オモン(お紋)地蔵 伊賀市長田2534 

 

 163号線のニチユ支店のすぐ西にあり。道路には黄色い小さな表示がある。そこから下に降りると高さ183cmの舟型で露座の三体地蔵がある。中央の地蔵は錫杖と宝珠を持ち大きく頬が張った童顔は愛らしい。左右の地蔵は少し小さく合掌し、鎌倉後期の作と言われている。

 


 

8.笠地蔵 伊賀市長田 

 

 オモン地蔵から西へ400mくらい先Y字路手前で、ここにも黄色い案内版がある。新しく出来た小屋にこの地蔵一体だけ安置。錫杖と宝珠を持つ立像で頬が豊かで温和に感じられるお顔である。笠が乗せられているが後補のようだ。鎌倉期の建立とみられ、この付近は地蔵が多くどれも似通っているが、旧街道を旅する人々の信仰によるところがあるようだ。

 

 

 


 

9.見どとけ地蔵 伊賀市三軒家 

 

 三軒家バス停北の伊賀街道沿いにある。オモン地蔵と似ている舟型の三体地蔵で中央の地蔵は64cmと大きく錫杖と宝珠を持つ。左右の地蔵は32cmと小さく左側が宝珠を持ち、右側は合掌している。天正の伊賀の乱に射手神社が焼かれたとき、神霊が火だるまとなって東の仏生寺の方へ飛んでいったのをこの地蔵が見届けたという伝説から見とどけ地蔵といわれているとのこと。南北朝と推定されている。