兵庫県加古川市周辺の石仏

 

1.観音寺 加古川市尾上町池田399 

 

 当寺は白旗観音とも呼ばれている。いわれは観音様のお告げの白布を船印にすると荒波でも風波の厄をうけることがなかった。以来、高砂の浦人は皆、船印に白布を使うようになったのでこの寺では現在も航海の安全を祈願する人々で賑わっている。白布を掲げた船が描かれた絵馬が奉納されている。この六地蔵石幢は高さ156cmで無銘だがすっきりした姿形で美しい。室町初期頃と推定され六地蔵信仰の面影を示している。

 


 

2.泉福寺 加古川市尾上町今福376 

 

 五輪塔は、元は薬師堂前にあったが昭和10年代に円明寺墓地へ移され、昭和47年に現在地に移った。地輪に南北朝中期の「文和二年二月廿五日 一結衆敬白」の銘がある。凝灰岩竜山石製で塔の下に骨壷が埋められていたそうです。六地蔵石幢は墓地の移転で現在地に移った。花崗岩製の単制石幢で延宝四年(1676)の銘がある。どちらも市指定文化財である。

 


 

3.常楽寺 加古川市東神吉町神吉1413 

 

 境内の一角にブロックで覆屋を設えて小石仏などと一緒に祀られている。石棺の身を利用して、手を加え高さ61cmの地蔵立像を彫刻。かなり風化が進み地蔵の判別が難しい。無銘だが室町後期の作と推定されている。他にも古墳時代後期(67世紀)の石棺の蓋と身がある。訪問した日は丁度「善導忌」が行われていた。善導は中国の浄土宗の僧侶で、称名念佛を中心とする浄土思想を確立した人である。

 


 

4.常福寺 加古川市西神吉町大国1413 

 

 どちらも石棺仏で左は家型石棺の蓋石上部に阿弥陀如来立像を舟型に彫り窪めて浮彫する。下部の左右に脇侍が彫られているそうだがはっきりとは見えない。右側は組み合わせ式石棺の底石に地蔵立像を彫ってあるがこれもはっきりしない。いずれも銘はないが南北朝初期に作られたと推定されている。播磨地方にはこのような石棺仏が百基ほどあるという。

 


 

5.時光寺 高砂市時光寺町12-18 

 

 高さ2.7mの九重塔だが相輪と下から6層目の笠が欠落し最上部に別の五輪塔の火輪がのせられている。市指定の文化財で開山の時光上人の墓と伝えられ、南北朝後期頃に造られたもの推定されている。他に県指定の宝篋印塔がある。基礎に近江紋様が施され南北朝時代の康暦二年十月十五日(1380)の銘がある。当寺は後嵯峨天皇勅願の霊場で本尊は阿弥陀如来である。

 


 

6.中筋の地蔵堂 高砂市中筋西2丁目 

 

 中筋西交差点の北西にあるが、街並みの路地が交差した一角にあり、分かり難いので地元の方に聞くのが良い。

 

「中筋西の石棺仏」と表示がありコンクリートの覆屋で囲まれた中にたくさんの石仏がところ狭しと並んでいる。これらは石棺仏で左は地蔵立像、右は石棺の蓋に彫った阿弥陀如来像だ。右下は下部が折損しているが阿弥陀三尊らしい。説明板はないがこれらも中世の石棺仏であろう。他にも阿弥陀坐像が五基ほど並んでおり、見応えがある。