兵庫県加古川市北部の石仏

1・法恩寺 加古川市平荘町山角

 

 報恩寺は真言宗、天明天皇の和銅6年(1713)証賢上人の開基で寺勢を誇った鎌倉から室町時代の石造品が多く残されている。墓地入口にある十三重塔は県指定文化財で高さ5.6m 相輪の一部を修復してあるが、流麗曲雅な姿を残している。元応元年己未十一月六日(1319)の紀年銘がある。また弘安七年(1284)の阿弥陀種子板碑などもある。面白いのは入口の結界石で角柱に「不許酒肉三辛入界」とあり、延宝七年未四月(1679)。本堂東から裏山にかけて四国八十八所石仏があり室町後期の銘があるとのことです。

 


2・里観音堂 加古川市平荘町里山東

 

 この石棺仏は古墳時代の組み合わせ式石棺の凝灰岩(地元の竜山石)を使ったもので、正面を舟型にくり抜き蓮弁台座に乗る阿弥陀坐像を浮彫してある。その下に四角い臍があり動かすのに使用したのでしょうか。推定室町時代の石棺仏とある。他にも石棺の蓋らしきものが二基あり、石仏が彫られていたのかもしれないが、現在は風化して分からない。

 


3.長楽寺 加古川市平荘町小畑

  墓地に市指定で南北朝と推定される六尊石仏がある。繩掛け突起のある家形石棺の蓋石の内側に六体の仏像を半肉彫りしてある。上下三段に二体ずつあり、上段は阿弥陀坐像、中段は地蔵立像、下段は左が阿弥陀坐像で右が地蔵立像と見たがはっきりしない。高さ183センチ、幅120センチの大型で貴重である。入口に結界石、境内には地蔵などの石仏群がある。それと小型の五輪塔婆が石祠の中に3基納められており、これも江戸期以前ではと推測した。

 


 

4.八ツ仏 加古川市平荘町小畑東 

 

 長楽寺の北西、小塩池の近くの田圃の中にある。遠くから小屋らしきものが見えるが探し難いので地元の人に訪ねると良い。八つ仏(やつぼとけ)と呼ばれている。これも長楽寺と同様、市指定の八尊石棺仏で南北朝と推定されている。上段二体と周縁部の4体は阿弥陀如来で、内側下部の右は地蔵、左は尊名が分からないと説明板にある。このように石棺材に複数の仏像を彫るのは加古川市地区特有で市を代表するものとされている。

 


 

5.地蔵堂 加古川市志方町広尾 

 

 広尾東バス停の前にあり教育委員会の説明板には「堂山 六地蔵石棺仏」とある。上下に三体ずつ並び素朴で稚拙な彫りである。左下の女人は施主とされ、室町後期のものとのこと。これ以外に台石に「大峰山廿三度供養 文政十亥年二月」(1823)とあり上部に三体が彫られているがはっきり特定しがたいが、よく見ると中央は下駄を履いているので役行者と見た。下部の二体は前鬼、後鬼と見るがいががであろうか。

 


 

6.仏性寺 加古川市志方町原 

 

 笠を欠損した角柱で長さ84センチの塔身だけが残されている。上部に刻像があり正面は阿弥陀如来で銘文には南北朝の「永徳二二年卯月十三日」(1384)とある。他にも地蔵板碑、石棺仏など中世のものとみられる石仏が並んでいる。