奈良・岩船寺から浄瑠璃寺への石仏

 

1.岩船寺 京都府木津川市加茂岩船上ノ門 

 

 当尾の石仏巡りというコースで訪れる人が多い。当尾は古来より南都仏教の影響を色濃く受け、僧侶が修行に打ち込むため都から少し離れたこの地で暮らしたと伝えられる。僧侶が建てた磨崖仏が道を行き交う人々の道しるべでもあった。当寺は紫陽花寺といわれ関西花の寺25箇所霊場のひとつ。石仏は鎌倉時代の西大寺の叡尊が、この寺を復興したころのものと言われる。写真は石龕内に納まる重文の不動明王で応長第二初夏六日(1312)鎌倉後期の銘がある。他に十三重塔、地蔵、五輪石塔、六地蔵燈籠など鎌倉期の石造物が多く残されている。

 


 

2.三体地蔵 木津川市加茂町 

 

 岩船寺を出てバス道の手前右(南)にミロクの辻へ行く細い道がある。少し行った左に大きな岩の上部に三体の地蔵が彫られている。長方形の形に龕を彫りくぼめ厚肉彫の地蔵が彫刻され三体とも錫杖と宝珠を持つ。過去、現在、未来それぞれに割り当てたもので六地蔵信仰以前の地蔵信仰の一形態といわれる。中央の地蔵が左右より少し大きいように感じるがなぜでしょうか。

 


 

3.笑い仏 木津川市加茂町 

 

 先に進むとミロクの辻に出る。弥勒磨崖仏があるが、線刻のため像容がはっきりぜず写真は掲載しない。この辻を西へ行くと当尾で最も有名な三体磨崖仏がある。阿弥陀如来を中心に蓮台を持つ観音と合掌する勢至菩薩を従え三像とも柔和な微笑をたたえ、見る人の心を和ませる。屋根石が廂となって風蝕の影響がなく保存状態が良い。「岩船寺住職 大工末行」銘があり、東大寺再建のために中国から招かれた伊行末の子孫の作で永仁七年(1299)の建立。

 


4.カラスの壷の辻 木津川市加茂町 

 笑い仏からすぐ右に行く道は一願不動への道である。少し登り下りして到着するが、これも彫りが浅浮彫で写真でははっきりしない。元の道に戻って先に進むと左に案内板がある。「からすの壷」と呼ばれる道が交差する分岐点にある。ひとつの石に阿弥陀坐像と面を変えて地蔵立像が彫られている。阿弥陀の横の線彫の燈籠は火袋を彫り込みそこへ燈明を供えられるようになっている。どちらも康永二年(1345)南北朝の造立。

 


 

5.ヤブの地蔵 木津川市加茂町 

 

 途中東小路集落に入るとあたご燈籠があり、左へ行くと「やぶの中三尊」の標識がり、随願寺の塔頭があった場所といわれている。ヤブの中の岩に舟型光背を彫りくぼめ正面に地蔵と十一面観音。左の岩には阿弥陀坐像を配する。弘長二年(1262)の銘があり、当尾の石仏中最古とのこと。

 


6.首切り地蔵 木津川市加茂町 

 

 浄瑠璃寺に寄って国宝の九体阿弥陀如来、紅葉の阿弥陀堂、三重塔がある。訪問時、秘仏の吉祥天女像が公開され運よく拝観できた。ヤブの地蔵まで戻り、左へ行くとすぐ角に火の見櫓があり、横に石仏がある。四角な自然石を舟型に彫りくぼめ阿弥陀坐像が彫られている。首のくびれが深く、切れて見えるためとも、また処刑場にあったからともいわれている。これも当尾最古の弘長二年(12629銘。横に錫杖と蓮の蕾を持つ長谷寺式の十一面観音があった。

 


 

7.大門石仏群 木津川市加茂町 

 

  首切り地蔵の先、左に「大門石仏群」の標識がある。竹藪の中や山道にあった石仏・石塔などを集めて安置されている。双体仏、石龕仏、六字名号塔板碑、五輪塔など変化に富んだ石造物が塚状に配置されている。竹藪の中にあるため陽が入らず苔で覆われているが室町期以降の古い石仏が多いようである。

 


 

8.大門仏谷 木津川市加茂町 

 

 かつてはこの石の近くに行く道があったが今は草に埋もれて谷を隔てた道が拝所になっている。小道をたどれば今でも近くに行ける。丈六の如来蔵坐像で、像容は阿弥陀、弥勒如来、釈迦など諸説があり、確定されていない、当尾最大の磨崖仏で縦2.8m横6mあり鎌倉初期の制作と推定されている。帰路は西小からバスに乗るか、浄瑠璃寺まで長尾磨崖仏を見ながら戻りバスに乗るか時間を見て決めたい。